05.ロヴィーサさんの証言
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ミハナと話ながら、気付けば机に突っ伏して眠っていたようだ。寝落ちなんてよくある事なので気にも留めなかったが、何だか外が騒がしい。時計を見ると、午前8時を指していた。
すでにミハナは起き上がって天幕の隙間から外の様子を伺っている。とはいえ、危険生物が到来しただの魔物が襲って来ただのという空気では無い。
昨日からすでに揉めていた村の空気の延長上、解決せずに悪化し炎上したような空気感だ。
「どうしたの?」
何とは無しに小声で聞いてみる。しかし、そんな私の努力など知った事かと言わんばかりにミハナは普通の声量で答えた。
「何か大人たちが彷徨いてるわ。何なの、朝から……。ちょっと訊いてきてみようかな」
「勇気あるよね、ミハナ。怒られるの嫌だから迂闊に首突っ込みたくないなあ」
「別に怒られたって恐くないよ。私の方が強いし」
「その脳筋思考、改めた方が良いと私は思うけどね」
業を煮やした友人は天幕から外へ出て行った。放っておく訳にもいかず、後に続く。私達の存在にいち早く気付いたのはロヴィーサさんだ。周りが狼狽えている中、彼女だけが毅然と佇んでいる。
「ロヴィーサさん、何かあったの? 目が覚めちゃったよ」
果敢にもそう訊ねたミハナに対し、ロヴィーサさんは目を眇め、眉根を寄せた。ミハナに対して何か思う所があるのではなく、起きた事柄に対して思う所があるように。
「……ミュールが帰って来ていない」
「? 出掛けてるんじゃないの?」
「ミュールはお前のように強い技能を持っている訳じゃ無い。それに、村の近くで昨日は山菜採りをしていたはずだ」
ミュールさんは私から見て7つ歳上の女性だ。大人しく、口数も少なく、そして遠慮しいの彼女。うっかり魔物に襲われたとして、悲鳴を上げても声が小さくて誰も気付かないかもしれない。
とはいえ、彼女も自身の内気さは重々理解している。村の迷惑にならないよう、魔物から襲われてもすぐに分かる場所にいつも佇んでいるのだ。
というか――
「いや、ロヴィーサさん、昨日からいないんですか? ミュールさん」
「そうらしい。私は昨日、ミュールの面倒を見ていなかった。それに、昼に――そう、昼に余所者が……」
ロヴィーサさんは考え込むように黙ってしまった。しかし、私達を発見したからか、大人の漂わせる苛立ちの空気に起きてしまった子供たちが寄ってきた。
子供と大人の定義は常に曖昧だが、村で『子供』と形容されるのは12歳以下の少年少女である。
「わー、ミハナねーちゃんハイパー高い高いごっこしてって、弟が言ってたよ!」
「ハイパー高い高いごっこ……? 何それ」
「あっ! エレインお姉ちゃんもやってもらうといいよ! 空が近くなってね、きれいなの! ひもなし逆バンジーみたい!」
「オッケー、ミハナ、親御さんに怒られる前に止めときなよ」
実に恐ろしい響きを伴ったお遊びだが、流石は恐れを知らない子供。その危険極まりない遊びを気に入っているようだった。一方で私は恐怖を知り尽くした大人の階段を上る最中の少女である。そんな恐ろしい遊びには参加出来ない。
まあ、私の場合はミハナに空高く打上られようとテレポで移動して地面に辿り着く事は出来るが。
私から注意されたミハナはというと、悪びれもせず肩を竦めた。
「いや、私は普通の高い高いじゃつまんないと思って」
「ミハナ姉ちゃん、エレインはね! 飛べないモモンガごっこがおすすめだよ!」
「予想出来るけどどんな遊びなのか、ミハナ姉ちゃんが聞いてあげるよ」
「うん! あのね! エレインが雲の上まで私をつれてとんで、そのまま落ちるあそび!」
「ほぉらっ! あんただって危険な思考回路してんじゃん、エレイン!」
悲しいことにどっこいどっこいだった。こんな苦行にも耐えられる第二魔物世代、こいつら成長したら心底恐ろしい事になるのではないだろうか。
私達が和気藹々と恐ろしい会話をしているうちに、考え込んでいたロヴィーサさんは一つの結論に達したようだった。顔を上げて、今までの会話など聞かなかったように本題へするりと入る。
「そう、ミスト支部のブレヒトとかいうギルドマスターが村へ来た」
「ギルドのマスターが? ここにですか? え、すっごく珍しい珍事件ってやつですよ、それ!」
「だから私達も警戒した。どうやら技能検査の報せを持って来たようだったけれど。我々、浮き草の民にも血液検査を受けろと」
――ほぼ確実に何らかのトラブルになったと思われる。
私は村に余所の客が来ようと何も思わないが、長老に当たる年配者達は余所者に敏感だ。現れ次第、暴力的な手段に訴えて排除しようとするくらいに。
何故ギルド・ミスト支部だったのかは単純な答え合わせだ。現在、浮き草の村は大きな街でいうとミスト街に一番近い。つまり、今年、浮き草の民が技能検査を受けたいのならばミスト支部で受けるという事だ。
「トラブルにならなかったの?」
「ミハナ、お前は村の状況を見て何も起きなかった事があり得ると思うの?」
「思わないね。みんな血の気が多いし。まあ、余所者を嫌うっていうのは理解出来なくもないけれど」