第5話 浮き草達の掟

04.魔物狩りのミハナ


 ***

 王都での買い物を終え、村へ帰って来たのは午後6時半を回った頃だった。面倒だったので、帰宅を伝える為にも一応は自分の天幕前に移動した。私は毎日一応の帰宅をするので、帰ったと誰かが把握しておかなければ大騒ぎになってしまう。

「ただいまー! って、何か忙しそうだなあ……」
「あらエレイン、お帰り。今ちょっと立て込んでるからねぇ、ミハナなら自分の天幕にいたよ」
「はーい」

 村にいる皆の母、三児を育てた彼女はそう言うと足早に料理用の天幕へと入って行った。
 ぐるり、と村の内部を見回す。大人達がたくさん行き来しており、天幕と天幕の間で何やらヒソヒソと話をしているのが伺える。そして漂う、明らかなピリピリとしたムード。トラブルでも起きているのだろうか。

 ――まあ、相談してくるまでは放っておこう。
 前にも述べた通り、大人達の中には私の出稼ぎを嫌う者が一定数いる。下手に口を出してその辺に八つ当たりされても面倒だし、トラブルならば私が出る幕は無いだろう。精々、必要物品の買い出しをこっそり頼まれるくらいだ。
 それより、久しぶりの帰宅を果たしたミハナが重要である。

「エレイン? 何突っ立ってんのさ」
「あ、ミハナ!」

 黒い艶やかなセミロング、やや童顔な顔立ち。私より何個か歳上の彼女はしかし、村の女性たちに言わしめれば「栄養が足りていないから成長しないのよ」という事らしい。確かに私以上に奥ゆかしい体型と言えるだろう。
 ともあれ、何故か私の天幕に居たミハナは手招きをしている。帰って来るのを待っていたのだろう。

「久しぶり〜。ちゃんと言われてたお酒、買って来たよ。私は飲まないけどね。あとケーキ。これって代金誰持ち?」
「それはロヴィーサさんじゃね? 私は注文した覚え無いし」
「あっそうなんだ。まあ、別に私の金でも良いけどさ。ロヴィーサさんは、外で使えるお金持ってるの?」
「しーっ。持ってる持ってる。ほら、新婚さんじゃん。ロヴィーサさん。色々入り用なんだってさ、ちゃんとした物が」

 済ました顔をしてしっかり外で使える貨幣を持っているのか。流石はロヴィーサさん。とはいえこの文明社会で十割自給自足など流行らないので当然と言えば当然だろうが。

 天幕の中に1つだけ置いてあるテーブルに、買って来た物を広げる。食べ物しか無いが、今日は語り明かす予定なので色々あった方が良いだろうと思って、安価な菓子類も購入しておいた。

 それとはなしに互いの近況報告が始まる。

「エレイン、あんた最近そっちはどーよ。ケーキ屋のアルバイトやってんでしょ? やっぱ売れ残りのケーキとか貰えんの?」
「貰えるよ。でも毎日はちょっと飽きて来るから、数日おきくらいに貰うかな」
「ふぅん。従業員って何人くらい?」
「店長を抜けば4人」
「それってケーキ、廃棄する事になるんじゃない? 売れ残り過ぎたらさあ」
「いや、朝昼夜ケーキを食べてくれるエルフの従業員がいるから、捨てる事はほぼ無いかな」
「え、何その化け物……。よく胸焼けしないな、胃が頑丈過ぎるだろ!」

 言われてみればそうかもしれない。ミハナは常軌を逸した技能の保有者でもあるが、変な所が常識的だ。実に的確な指摘をしてくる、本人は常識外の生物なのに。

「それで、ミハナは何やって過ごしてんの? あんまり帰って来ないけどさ」
「私はあれだよあれ、適当な街に行って適当にクエストこなしてる。ぶっちゃけ、魔物討伐以外のクエスト受けたら手数料で赤字になるっていうお馬鹿仕様だからね、ギルド」
「ギルドには加入しないの? もっと稼げるじゃん、ミハナならさ。魔物とか目じゃないだろうし」

 いやさ、とミハナは椅子にもたれ掛かって腕を組んだ。

「正直、ちょっと戦えてソロでLv.6以上の魔物狩れるなら自由に生きた方が色々出来ていいんだよね。実際。別板の魔物狩りクエスト? を受けたらさ、手数料引いても何ヶ月間は遊んで暮らせるくらいのお金入るし」
「そりゃそうだろうね。団体狩り推奨の魔物を一人で狩ってれば、報酬も独り占めだしね。まあでも、それが出来てる時点で人間辞めてるわ……」

 ――ギルドという団体の欠陥。
 極々稀に存在する、ミハナのような化け物に団体用の報酬を吸収されてしまう事。そして、その報酬が巨額であるが故にソロの魔物狩りがギルドに定着しない事だろう。しかし、一概にシステムの欠陥を責められない。
 何せ、誰がギルドを経営したところで数千万人に一人程度の常軌を逸した存在を考慮したシステム構築なぞ、するはずがないからだ。

「エレイン、あんたもお金が欲しいだけなら巨額報酬の魔物をソロ狩りした方が良いよ? 吃驚するぐらい貯金出来るからさ」
「いや、私が恒常的にLv.6狩りするのは無理だわ。5でも怪しい時あるからね」
「お馬鹿、5だけ狩ってても一生遊んで暮らせるわ! ギルドの人員とかクソ雑魚ナメクジばっかり!」
「ミハナにしてみれば大抵の人類はクソ雑魚ナメクジだと思うよ……」

 というか、レベル如何に関わらず私がどんな魔物でも討伐出来るかと言われればそうではない。世の中には相性と言う物が存在する。とはいえ、戦闘集団を謳っているギルドが割とレベルの高い魔物を倒せないのは、それはそれで大問題だが。
 ここ最近の魔物騒動を見ていると、魔物の大量発生以降、その魔物自体が独自の進化を遂げているように思える。段々と人間の手には負えなくなっているあたり、力差のインフレが起きているとしか思えない。

「そのうち、Lv.8とか誕生したりしてね。もう7って枠じゃ足りなくなってさ」
「奇跡狩りで討伐出来ない奴がLv.8に設定される、って話はどっかのギルドで聞いたなあ。まあ、その奇跡狩りがどんだけ使える団体なのかは知らないけど。だからさ、私とトレジャーハンターやろうぜ、エレイン!」
「接続詞の使い方おかしくない? 嫌だよ、今のバイト気に入ってるし。食うに困って始めた訳じゃないからなあ。生活出来なくなったらやるかも」
「堅実なのかそうじゃないのか……。エレイン、あんたの矛盾をモノともしない発言、私は好きだよ」
「それはどうも」