第5話 浮き草達の掟

08.ミスト支部


「作戦の概要は?」

 保護者、と確かに自身の口から言ったはずのビエラさん。しかし、先程から口走る言葉の端々に滲む敵意と好戦的な感情がまるで隠せていない。この人何しに来たんだ本当。
 私の困惑を余所に何も疑問を覚えていないのか、ミハナは真面目腐った顔でビエラさんの問いに答えている。あれこれ、おかしいのは私の方なの?

「作戦って訳じゃ無いけど、こっちは村の人間が誘拐されてる訳だからね。正面から堂々と入って、堂々と出る! まずはミュールがちゃんといるのか確認しないといけないからね」
「成る程。ミスト支部の人員はソロでLv.5を狩れる者が数名いる程度です。この面子ならば殴り負ける事もないでしょう。貴方の技能はアテにしていいのですよね?」
「もちろん! ぶっちゃけ、魔物ならともかく人間に敗ける事はほぼ無いから安心して欲しい」
「それは頼もしいですね。では、正面突破という事で」

「うんごめん、ちょっと待とうか」

 話が明らかに殴り合う方向へ転がって行く。それを止めるべく、私は口を挟んだ。何が正面突破だアホか。穏便に済ますんだよ、穏便に! そもそも、『この面子』って私も頭数に入ってんの? 冗談じゃないわ。
 諸々の感情を心中に押し込め、私は穏便という単語を自ら体現するかのように穏やかに2人を諭す。私まで頭に血を上らせては駄目だ。終わる。

「まあ、ミュールさんがいるかどうかを正面から入って確認するのはいい。けれど、殴り合いに発展するのは避けた方がよく無いですか? いると分かれば、私がギルドの奥まで跳んで、ミュールさんを連れて帰って来ますし」
「何を言うのですか、エレイン。ブラックギルド・ミスト支部を理由付けてタコ殴りに出来る機会などそうそうありませんよ」
「その機会が巡ってきたから何!? 薄々勘付いてましたけど、ビエラさんの私怨混じってませんか、さっきから! ミスト支部に親でも殺されたんですか!?」

 良いから行こうよ、とミハナがミスト支部を指さす。驚くべき事に、私達はこの危険思想の滲み出ている会話を支部の目の前でやっていたのだ。
 そして、私がビエラさんを諭している間に、フリーだったミハナは信じられない速度で支部へと駆けていく。

「ああっ! ちょっと、ミハナ――」

 咄嗟に技能を使用。景色が目まぐるしく変わり、気付けば支部の中だった。もう一度言おう。支部の、中だった!
 何て足が速いんだ、ミハナは。思わぬ所に跳んでしまった。
 視線が集まる。主に、恐らくあの速度のまま支部のドアを開け放って、中にいるギルド員を驚かせたのだろう。そこへ私がいきなり現れれば、そりゃ何事だって話にもなる。

 静寂を掻き乱された怒気、煩わしいと訴える視線、あらゆる負の感情が向けられている中、ミハナは大声で言った。

「ミュールはどこ! すぐに出さないと、ヒドイよ!!」
「酷いのはミハナの語彙力だよ……」

 ミハナがそう宣言した瞬間、ギルド内部が二つに分かれた。
 何も知らず首を傾げている者と、何かを知っていて臨戦態勢に入る者。
 そして、それとは別に人種を二つに分ける事が出来る。何故かぐったりと疲れていて騒ぎに関与しない者と、騒ぎを知っていきり立つ人として問題のありそうな者。

 何だろう、この空間は。スツルツ支部と比べて、非常に統率に欠けると言わざるを得ない。自由奔放に野生の動物を放しているかのような歪さが存在している。

「何だテメェ! 依頼じゃねぇなら帰んな!」

 言っている事は至極まともだが、そのまともな事を言ったゴロツキ風の男はあろうことか直ぐさまミハナに殴り掛かった。まるで野犬。躾のなっていない、人とは思えない振る舞い。しかも相手が怪我をしようとお構いなしの特攻だ。
 私を狙って向かって来ている訳では無いとすぐに分かったが、それでも恐ろしい推進力を持った男にぶつかられれば怪我は必至。私は素早くミハナの背後に回った。

 浮き草の村における高火力ファイター・ミハナはゴロツキをチラリと一瞥すると、蠅でも払うかのように左手を払った。虫が煩わしいから手を払った、そのままその行動はしかし、誰もが思いもしなかった威力を伴っている。
 人間が、まるで蠅。
 ミハナの振るった手はゴロツキをボールのように弾き飛ばし、そのままギルドの薄い壁を突き破ってようやく止まった。

 ――静まり返る。誰もが今起きた事に目を疑い、どうリアクションすべきかを迷っているのだ。
 ミハナの技能、『鋼の女王』。恐らくは一等特殊技能であり、その効果は人間の範疇を完全に超えていると言える。
 物理攻撃は全て無効。超人的な身体能力がデフォルトで付いている。彼女を殺す為には絶対に当てられる魔法攻撃が有効だが、先にも述べた通り彼女の身体能力は獣人のそれを凌駕している。タイマンで魔法を当てる事はまず不可能だろう。
 尤も、対峙する人間が羽虫程度の強度なのでミハナ本人は毎日かなりの苦労を強いられているようだが。力に差があり過ぎると対等には過ごせないものである。