第4話 有望な人材と現実

06.ラーシュの提案


 怪鳥の出現により、今まで目を背けていた現実を直視せざるを得なくなった。間違い無い。あの魔物は私に狙いを定めて襲い掛かって来ている。
 このままスイーツ工房に戻るのは得策ではないだろう。他の従業員まで巻き込んでしまうに違い無い。では、村へ帰るべきか? 同じ魔物に付け狙われていると言えば対策を考えてくれるかもしれない。

 考え込んでいる内に、例の要塞サイズの怪鳥が急降下してくる。本当に申し訳無いのだが、私には逃げる事しか出来ない。一先ず村で相談してみようと、ジャンプ先を自宅に指定。景色が移り変わる――

「おい、危ねぇ!」
「ぎゃっ!?」

 横から思い切り突き飛ばされた。何だ何だとそちらを見れば、先程私にぶつかった男性からタックルをお見舞いされたらしい。地面を転がされた私は、予想よりかなりギリギリの角度で怪鳥の巨大なかぎ爪を回避する。うん、これもうほとんど奇跡。
 ふう、と安堵の息を漏らした男性は素早く身を翻すと、信じ難い事に素手で怪鳥へと殴り掛かりに行った。とはいえ、怪鳥の視点で見れば人など地面に散らばったゴマ程度の点粒。
 男性など意に介すどころか、視界に入らないかのように再び空へと舞い上がる。彼の拳は虚しく宙を切った。

「おい無事か!?」
「あっはい、無事です」
「リアクション薄っ! 命の危機だったんだぞ、生きるのを簡単に諦めんじゃねぇよ!」

 ――諦めてはいないんだよなあ……。
 何故か生存を諦めた町人Aのようになっていて悲しくなった。生きる気しかないのだが。こんなに生存意欲に塗れた人間、他にはいないってくらい生存本能に忠実だと言うのに。

 しかし、こうしてはいられない。若干の虚しさを覚えながらも私は立ち上がった。あの怪鳥は私に着いて来ているのだから、私がここから去れば街からも去るのではないだろうか。
 そもそも、アレは私が戦って勝てるような生き物なのか。サイズが別格過ぎる。あんなのに鉄パイプだの何だのを突き立てたところで、果たしてダメージはあるのか。1枚1枚の羽根もかなり大きいし、下手すると肉に到達しないかもしれない。
 もし、うっかり私があの体内に間違って跳んでしまえば。
 どうなるのかは考えたくない。圧迫死するかもしれない。

「お前、向こう行ってろって! 危ないぞ」
「や、あなたも一緒に逃げましょうよ。私の事は放っておいて良いんで」
「そうは行くか!」

 この人、ギルドのメンバーなのだろうか。チェチーリアさんタイプの情熱を感じる。きっと人助けが天職に違い無い。

「ギルドの方ですか? 私、逃げるのは得意なんで別れて逃げましょう!」
「いや俺は建築業者」
「えっ?」
「建築業者だよ! 畜生、ただでさえ上司に目ぇ付けられてて立場悪いってのに! 昼休みが終わっちまうぜ!!」
「いや、仕事に戻って良いですよ、はい。クビになっちゃいますって」

 とんでもない事実を発掘してしまって胃が痛い。私があんな化け物鳥に狙われてしまったばっかりに、心優しい彼がクビの危機だ。もう仕方ない、技能を開示して安心して仕事に行って貰おう。

「あの、えーっと、私、技能テレポートなんですよ! ぶっちゃけ、逃げようと思えばいつでも逃げられるのでホント、お気になさらず」
「いや、お前は逃げられても街のみんなは逃げられないだろ。それに、建物壊されると仕事が増えんだよな。……ん? いや待てよ、お前それ、あの鳥の背とかには跳べないのか?」
「え? ええ、行けますけど……。いや、止めておきましょうって! あんな大きな生き物に殴り掛かったって、焼け石に水ですよ!」

 再び私に狙いを定めた怪鳥の動きを攪乱する為に、街の外へ跳ぼうと思考を巡らせる。ここで暴れると彼の仕事が増えるらしいし、もう外に出よう。そうしよう。

「俺の技能ならサイズとか関係無く魔物を退治出来るって。取り敢えずさ、その技能を使って、街の外に出てくれよ」
「わ、分かりました……。んー、大丈夫かなあ……」

 二撃目の気配が色濃くなってきたので、スツルツ街から壁を越えて外に移動する。景色が街の風景から平原の風景へと移り変わった。
 外へ連れて来られた男性が感心したような声を上げる。

「へぇ。便利なもんだな。よし、じゃああの怪鳥がこっちへ来たら背に移動。えーっと、何て言ったっけ、お前」
「エレインです」
「ラーシュだ! 俺を背に置いたらお前は離れてろよ、絶対に俺に触っちゃ駄目だ」
「はあ……」

 大丈夫だろうか。不安だけが募っていく。そうこうしているうちに、街を見回していた怪鳥が私達の存在に気付いた。引き寄せられるようにこちらを見たその動きから推察して、あの鳥は私のいる方角が分かるのかもしれない。

「来るぞ!」
「改めて見ると、かなり大きいですね。あの魔物……」

 風を上手く利用してその魔物は身を翻した。優雅な動きだが、目に悪い配色のせいで何もかも台無しだ。