第4話 有望な人材と現実

07.珍技能保持者の苦悩


 脳内で作戦の概要を復唱する。
 まずはラーシュさんを鳥の背に置き、魔物を討伐した所を地面に叩き付けられないように回収、以上。何て行き当たりばったり且つ作戦と言うより作業感のあるそれだろうか。不安で堪らない。

「行きますよ、ラーシュさん……!」
「おう、任せろ! あの怪鳥に殺される事は無いだろうけど、俺はあの高さから落ちたら死ぬからな、ちゃんと回収してくれよ」
「了解です。よし、行きます!」

 空気を斬り裂くように真っ直ぐと飛来する怪鳥を見、その背をイメージする。急速に景色が移り変わり、刃物のような空気の動きが頬を撫でる。何て速度で移動しているんだ、この鳥。
 ラーシュさんがしっかりと怪鳥にしがみついている事を確認し、私はスツルツ街の壁、その上へと移動した。鳥が割と高い位置を飛んでいるので、高い場所からタイミングを計った方が良いと考えたのだ。

 そして私は見た。
 ラーシュさんがしがみついている怪鳥の背を中心に、急速に怪鳥が劣化、肉を腐らせ乾燥させ、見え始めた白い骨をもすぐに黄ばんでボロボロと崩れていく凄惨な様を。まるで長い年月が過ぎ去っていく過程を早送りで見ているかのようだ。
 推進力が死に、真っ直ぐ平原に突っ込むどころか粉のようなものになりつつある怪鳥の様子を視界に入れて我に返る。
 ラーシュさんを回収しに行かなければ。

 しかしこれ、今迎えに行って私は大丈夫か。「俺には触るな」、という忠告は恐らくこれのせいだ。何らかの技能なのだろうか、正体までは分からない。

「はっ!?」

 ラーシュさんが手を振っている。私は急いで彼を回収すべく、地を蹴った。
 素早く落ちて行く背に触れ、壁の上に戻る。一瞬の回収作業を終えた私はふぅ、と安堵の息を漏らした。

「ラーシュさん、メッチャ強いじゃないですか」
「まあな。経年劣化? とかいう技能らしい。つっても、職場ではうっかり木材を粉にしちまうし、時間を巻き戻せる訳じゃねぇからな。使い道無いわ」
「そういえば、お仕事間に合いそうですか? 送りますよ、ここまで来たら」
「いや、もうとっくに昼休み終わってるわ。あーあ、一応謝ってみるが、うちの親方はちょっとこう、心が荒んでっからな。無理なんだろな」

 遅刻でクビなんて聞いた事無いが、彼等の世界は厳しいらしい。ケーキ屋を営んでいる自分には分からない事情だが。
 あ、と何か思い付いたようにラーシュさんは手を打った。

「そういや、お前ギルドがどうとか言ってたな。コネでもあんの? 最終手段だとは思うけど、もういっそギルドで働こうかな」
「逆に何で今まで技能に合わない仕事してたんですか」
「そりゃ、俺の技能は相手を殺すのには有利だが、ただの殴り合いとかで使ったら人殺しになっちまうからな。魔物討伐ばっかなら問題無いが、その他の仕事のが多いだろ。ギルド」

 不意に村の友人の顔が過ぎる。そういえば彼女も、うっかりで人を殺害しうる技能の持ち主でそこそこ苦労していたような。
 少し手加減を怠っただけで。
 或いは頭に血が上って手が出ただけで。
 他人を簡単に害しうる存在である彼等には彼等の悩みがあるのだろう。

「私、ケーキ屋で働いてるんですけど」
「俺にケーキ屋は無理だわ。箱ごとあぼんしかねない」
「いや、私、スツルツ支部のマスターさんから良い人いたら紹介してって言われてるんで、ギルドまで連れて行きましょうか?」
「マジで? おう、お願いするわ」

 私のせいで無職になってしまった感も否定出来ないので、取り敢えずギルドまで送る事にした。明らかに珍しい且つ魔物討伐に向いている技能を持っている彼ならば、クライブさんも喜ぶだろう。

 ラーシュさんの肩に手を置いて移動する。
 面倒だったのでギルドの前にそのまま移動した。今までそれどころじゃなかったから忘れていたが、私も勤務中だ。いつまでも油を売っているわけにはいかない。

「あ! クライブさん、ちょっと良いですか!」
「エレイン、どうかしたのかね」

 頭上をまんじりと見上げていたクライブさんは険しい顔をしている。そりゃそうだろう、先程襲って来た怪鳥と似た魔物がもう一度飛来したのだ。ギルドとしては看過する訳にはいかない。

「あの、彼、ラーシュさんって言うんですけどギルドにぴったりの人材じゃないかと思って連れて来ました」
「このタイミングで!? そ、それは有り難いが、頭上を飛び回っていた怪鳥が気になってね。少し待って貰って良いだろうか?」
「その怪鳥ですが、ラーシュさんが討伐しました!」

 そうなのか、とクライブさんの鋭い視線がラーシュさんを射貫く。

「紹介有り難う。私は彼と話をしてみるよ。ところでエレイン、君、仕事は良いのか?」
「いや、よく無いのでそろそろ戻ります。じゃあ、ラーシュさん、今日はありがとうございました!」
「おう、俺が無事、転職出来たら飲み物くらい奢ってやるよ。そのうち寄ってみてくれ」

 手を振る2人に手を振り返した私はくるりと踵を返した。さあ、スイーツ工房では私が帰らないとクリフくんがご立腹だろう。端的に言って憂鬱だ。