第4話 有望な人材と現実

05.人間の可能性について


「な、何!? こっちに来てる!?」

 悲鳴のような声を上げたチェチーリアさんだったが、彼女はやはり気高く誇り高い正しい意味でのギルドメンバーだった。本人も相当驚き慌てていたはずだが、彼女は私を放り出すこと無く襟首を掴み上げ、一緒に回避する道を選んだのだ。
 しかし、あの怪鳥の一撃を回避するのはおよそ無理だと思われる。体積が広い上、私という重りを持ったウサギのフットワークは思い。人よりずっと腕力、体力共にある獣人だが村にいる肉食獣達のそれと比べると力はずっと弱いようだ。

 助けてくれているチェチーリアさんを見捨てる事は出来ない。
 私は技能を展開させ、とにかく屋根のある場所へ移動しようと脳内に何故かスイーツ工房を思い描いた――

「動くなッ!!」

 のを、クライブさんの一喝で忘れる。あまりにも恐ろしい声だったので、頭が真っ白になったのだ。当然、技能の使用はキャンセル。私達は迫り来る怪鳥の迫力に身を硬直させる他無かった。
 しかし、目の前に迫っていたカラフル鳥は横合いから飛び出して来たクライブさんの蹴りによってフェードアウトして行った。何て威力の蹴り。

 起こった事について考えを巡らせていると、チェチーリアさんがホッと安堵の息を吐き出す。

「クライブさん。お手数お掛けしました」
「いや、いい。こちらこそ、君達を囮にして済まなかった。怪我は無いだろうか?」

 重さ100キロは越えてそうな怪鳥を蹴り飛ばしたクライブさんが何事も無かったかのように訊ねる。どころか、座り込んでしまった私とチェチーリアさんに手を差し伸べるという紳士っぷり。
 そんな彼に、私は訊きたい事があったのでおずおずと手を挙げた。

「どうした?」
「いやあの、ヒューマンなんですよね? 人類」
「ああ。両親どころか、親類は皆人間だ」
「そっ、そうですよねー……」

 とんだ吃驚人間ショーだったが、一応ネタを聞いてみたら種も仕掛けもなかった。ヒューマンマジック。いや、何か腕力を強化するような技能を持っていたのかもしれないが。

 それにしても、スイーツ工房からこっち、人に助けられてばかりだ。手が掛からない子、というのが売りだったはずなのにどうしたものか。魔物世代の名が泣くぜ。

「エレイン、一人で帰れるか? 信じ難い話を耳にしたのだが、君達の店はシリザンの森にあると聞いた」
「あ、はい。大丈夫です。クライブさん、そんなにお強いのなら店に来て下さいね、是非! 季節物とか扱ってますよ」
「ああ、今度伺おう。前に注文した誕生日用のケーキ、美味しかった。今後ともよろしく」
「はーい。スイーツ工房を今後とも御贔屓に!」
「ああそうだ、頷きはしないだろうが一応聞いておこう。ギルドに入る気は無いか?」
「……いや、すいません。スイーツ工房、気に入ってるんで。あと、私は出自的な問題でギルドはちょっと。共同体で爪弾きモノにされちゃいます」
「そうか……。無理にとは言わない。ただ、優秀な人材が不足しているのだ。誰かギルドで働けそうな者を見つけたら、勧めておいてくれないだろうか?」
「まあ、そういう事でしたら」

 ――そんな人、とっくにフリーで働いていると思うけれど。
 私はその事実を知りながら口を閉ざした。そんな事はきっと、ギルドのマスターをやっているクライブさんの方が余程分かっているはずだ。
 玄関先だったが、そのままお別れする流れだったのでスツルツ支部の2人と手を振って別れた。
 ぼんやりと街を見ながら歩く。人目に付くところで技能を使うな、と村でも口を酸っぱくして言われたので外に出てから跳んで戻ろう。

 それにしても、先程から何故同じような魔物と遭遇するのだろうか。名前は忘れたが、高名な魔物研究者が言っていた。魔物は生態系を築く能力が低いので、番になれる可能性が低い云々と。
 つまり、先程から見掛ける怪鳥はどう考えたって同じ魔物であり――

「わっ!?」

 上を向いて歩いていたせいだろう。人にぶつかった挙げ句、相手の踏ん張る力が強かった為、弾き飛ばされて尻餅を付いてしまった。恥ずかしい。

「ああっ! 悪ぃ! 無事か!?」
「あ、いや。すいません、余所見してて……」

 見れば仕事中なのだろうか。ツナギ姿の男が慌てたように手を差し出して来た。それに掴まって立ち上がる。今日こんなのばっかりだな。

「ごめんな、ちょっと急いでて! 怪我とかしてないよな?」
「大丈夫です」
「ホント、悪かったよ」
「いえいえ。身体は丈夫なので。急いでいたんじゃないですか?」
「そうだった! 悪い、じゃあな!」

 男性が立ち去ろうとしたが、その行為は中断させられた。
 流石にここまで来ると偶然では済まされない。

 大きな鳥型の影が地面を過ぎったのを見て、私はウンザリとした溜息を吐き出しながら頭上を見上げた。目がチカチカする配色が、空を飛んでいるのが見える。
 ただしそのサイズは、今まで3度出会った怪鳥を遥かに凌駕する巨大さだった。こんなもの、地面を這いずる事しか出来ない人間に討伐が可能なのだろうか。空を飛ぶ要塞のような大きさだ。