第4話 有望な人材と現実

04.国からの報酬


「それで、君に用事なのだが」

 ――きた!
 以前、まだスイーツ工房に勤める前。私は村の住民の配達物を配達する仕事をしていた。この平和極まり無い響きからとんでもない荷物を運ばせようとする輩がいるのだから驚きだ。
 まさかとは思うが、彼もそっち系の類ではないだろうな。白い粉とか、乾燥した草の根とか、ミネラルウォーター(仮)とか。そんなものの運び手を担ってくれ、と言い出しそうな強面だし。

「な、何故そんなに警戒するんだ……!」
「マスターの顔が恐いからですって」

 チェチーリアさんが気を遣ったのか、そうこっそりアドバイスしたが助言程度で彼の骨格から顔面が変わる訳ではないので無駄足というものだ。なお、クライブさん本人はがっくりと落ち込んでいる。何度か顔が恐いと指摘された事があるのかもしれない。

「仕方ないな……話を進めよう。私の顔面の事は気にしなくて良い」
「あ、いや。すいません、何か」
「君が討伐した例の魔物――ヘドロ男は国家指定の魔物だったのだ。報酬が出ている、立ち寄ったついでに持って帰ってくれないか」
「報酬!? お国からですか!?」
「ああ。私も驚いたよ。まさかケーキ屋の従業員が指定の魔物を討伐しうる力を持っているとは」

 ――いやクッソ雑魚ナメクジでしたけど!
 とは流石に言えなかった。一緒にいたチェチーリアさんは全然歯が立たなかったので、魔物をディスると果敢にも立ち向かっていった彼女まで貶す事になってしまう。

「ちなみに、そのヘドロ男? はレベルは?」
「3だ」
「え」
「3」

 ――やっぱりクソ弱いじゃん!!
 シリザンの森に一歩入れば普通に彷徨いているレベルの魔物だった。ギルド大丈夫かこれ、チェチーリアさんは全くもって太刀打ち出来ていなかったが。ギルド業が廃業になるのも時間の問題かもしれない。うちに通える常連客の方が余程強い。
 ちら、とウサギさんに視線を向けるとスッとその視線を逸らされた。本人も何か思うところがあったのかもしれない。

「チェチーリア」
「はい、マスター。すでに持って来ています」

 呼ばれたチェチーリアさんは珍しく素直な笑みを浮かべて、クライブさんに麻袋を手渡した。じゃらりと重い音がここまで聞こえて来る。間違い無い、あの袋の中身は金だ。

「え、本当に貰って良いんですか? こんなに? 麻袋の中身全部?」
「構わない。本来ならギルドのメンバーではない君の魔物討伐には手数料が発生するが、私の仲間を助けて貰った礼だ。その金は私が払おう。君には本当に感謝している」

 顔が恐いとかヤバイ薬のバイヤーかもしれないと思って本当にすいませんでした。私はクライブさんと目を合わせる事が出来ず、俯きながら心中で盛大に謝罪する。何て罪深い存在なのだろうか、私は。超良い人だよ、クライブさん。近年稀に見る善人とかいうレベルで良い人。
 大金に恐れを成したと思われたのか、フッ、とやはり強面で恐ろしい笑みを浮かべたクライブさんが押し付けるように麻袋を進呈してきた。

「何でも好きな物を買うと良い。将来を見据えて貯金という手もある」
「あ、ありがとうございます……!」

 まさかの臨時収入を震える手で受け取る。この金、どうしよう。村のみんなに高めのお土産を買うのは決定事項として、それでも余りある大金だ。これまずいぞ、ケーキ屋で働くより一瞬で金が手に入るという事実に震えが止まらない。

 私が勝手に感動に身を震わせていたその時だ。不意に、ギルドの外から絹を裂くような複数名の悲鳴が上がったのは。
 かちり、スイッチをオンへと切り替えるように恐いとはいえ笑みを浮かべていたクライブさんの顔が一変する。険しく、更に恐ろしい顔へと。

「何の騒ぎだ? 見に行ってくる」
「あ、クライブさん! あたしもお供します!」

 床を踏み抜かんばかりの勢いで外へと突進して行ったクライブさんに、チェチーリアさんが続く。私もぼけっとしている訳にはいかないので、何となく流れでその後を追った。
 ギルドには嫌な空気が渦巻いている。いきり立っている、と言うよりは不足の事態に皆が動揺しているような空気だ。ここって戦える人が集まる施設なんだよね?

 ギルドを飛び出した瞬間、それと目が合った。
 本日3度目。あり得ない配色の怪鳥、ぎょろっとした双眸は間違い無く私だけを射殺さんばかりに睨め付けている。
 しかし、怪鳥が私を見ている、というのは私が今朝から体験した法則に則っての見解だ。クライブさん達は怪鳥がこちらを見ている事に気付いていないようだった。

「鳥の魔物は壁を越えて街に侵入して来るから嫌になるわね。ほら、エレイン、こっちよ。アンタは一般人なんだから。何故出て来たの?」

 クライブさんと話していた時とは別人のように高圧的にそう言ったチェチーリアさんから手を引かれる。相手は空を飛んでいると言うのに自らのギルドマスターを信頼しているのだろうか。クライブさんの手助けをするつもりは無いようだった。

「あの、最近あの手の魔物って多いんですか?」
「何? 鳥類魔物の事? そんなに多くは見ないわよ。アイツ等、住人の天敵だから巣は見つけ次第潰しているし」

 もう良いだろ、と言わんばかりに腕を引っ張られる。私が一先ずギルド内へ避難しようとしたその矢先だ。大きく旋回した怪鳥が一直線に私へ向かって急降下して来たのは。