第4話 有望な人材と現実

03.クリフくん(19)の言い分


「そういえば、朝も似たような怪鳥に襲われたんですよね」
「似たような」

 この魔物が蔓延る世の中で同じ魔物に何度も遭遇するのは稀だ。それが強い魔物で、逃げ出したのならば出会う可能性はあるが一度討伐した魔物と同じ魔物に出会ったのは何故だろうか。
 私の呟きに対し、ビエラさんはオウム返しに言葉を繰り返した後に黙り込んでしまった。考えるのも良いが、何か思い付く事があるのなら是非とも私に教えてくれないだろうか。

 一方で、手をパンパンと払っていたクリフくんは私の疑問になど微塵も興味はないようだ。

「それより、さっき言っていたケーキのデリバリーを済ませてくれ」
「クリフくんってさ、そういう所だよね。だからカノジョの一人や二人も出来ないんだと思うの」
「要らないものをわざわざ作る必要性を感じないだけだ。煩いだけだろう、女なんて」
「クリフくん(19)の言う事は違うや……。いやいや、そうじゃなくて! 私がまたあの怪鳥に襲われたらどうすんの!?」

 私が引っ繰り返っている怪鳥を指さして訊ねると、彼は鳥の死骸を一瞥して頭を横に振った。

「何か問題でも? お前の技能は飾りか。あの程度、どうとでも逃げ果せるだろうが。それに、ビエラが死亡を確認している。もう二度と、あのアホみたいな配色の化け物鳥には会わないだろうよ」
「お、おう……。それもそうだね。私の技能に対して絶大な信頼を寄せ過ぎでは?」
「技能だけは便利なのにな。使い手がポンコツだとこんなものか。攻撃手段を考えついただけでも、一歩人類に近付けて良かったな。エレイン」

 ――やっべぇ、攻撃手段を考案したの、友達だわ。
 流石にこれ以上馬鹿にされるのも癪だったので黙っておいた。沈黙は金!

 これ以上余計な詮索をされる前にと、私はスイーツ工房へ引っ込んだ。このケーキをデリバリーし終える頃にはこの話題の事などすっかり皆忘れているだろう。

 ***

 ケーキの白い箱を持った私は、スツルツ街に来ていた。前回は門の前で品物の受け渡しを行ったので、街へ入るのは初めてだったりする。王都には買い物などの用で行く事があるのだが、よしんば移動に便利な技能を持っているだけあって王都以外には行かなくなってしまった。王都へ行けば何でも揃うし。

 周囲をぐるり、見回す。成る程確かに、王都の隣にあるだけあって街の活気は凄まじい。行き交う人々は前向きで明るく、着ている服なんかも最新。村暮らしの私からしてみれば羨ましい事この上無い。
 とはいえ、街に移住する為にはそもそも街に住んでいなければならないという前提があるので、私のような田舎の村暮らしでは到底手の届かない生活だが。

「あ、あれか。ギルド」

 今回はチェチーリアさんが配達先をスツルツのギルド支部に設定したので、そちらへ向かっている。ギルドへひとっ飛びすれば良かったのだが、ついでの観光だ。
 ギルドは大層繁盛しているらしく、ひっきりなしに人が出入りしている。明らかに一般人から、ギルドメンバーらしき装備の者、本当に様々だ。

「待ってたわよ! アンタ、危険な目とかには遭ってないでしょうね!」
「無事です。あ、スイーツ工房から注文のケーキをお届けしに来ました」
「それ、言わなきゃ気が済まないの?」

 腰に手を当てて立っていたチェチーリアさんが小走りで駆け寄って来る。すぐに代金とケーキを交換された。

「じゃ、今後とも御贔屓に」
「待ちなさい。うちのマスターが、アナタに用事だそうよ。光栄に思うのね!」
「用事……? いや、勤務中なんですけど」

 良い時にばっかり勤務中と言い訳する私。見苦しいなと自分でもそう思う。しかし、ギルドのマスターなどきっと恐い人に違い無い。こんなにたくさんの人間を纏めているのだ。強面、スキンヘッドの吊り眼とかいうあからさまに恐ろしい人物かもしれないじゃないか。
 精一杯の拒否を示したが、ウサギとは言え獣人は獣人。チェチーリアさんは抵抗する私をモノともせず引き摺って、ギルドの中へと連れて行った。

「チェチーリア、彼女が件のケーキ屋か?」

 中へ入ってすぐ、背の高い恵まれた体格の男が話し掛けてきた。怖い。ゴリラの獣人か何かだろうか。それにしては、身体が完全に人間のそれだが。
 私が恐々としているにも関わらず、訳知りのチェチーリアさんは話を進める。

「はい。彼女がエレインです」
「そうか、君に会えて良かったよ。エレイン。私はクライブ・バートウィッスル。見ての通り、スツルツ支部のギルドマスターをやっている」
「あ、はあ。どうも……」

 手を差し出されたので同じく差し出せば、固い握手を交わされた。何だこの人、見かけの割りにコミュニケーション能力が非常に高いぞ。

「実は君に用事があるんだ。この間、チェチーリアが苦戦していた魔物を討伐してくれたそうだな。有り難う、君のお陰で怪我人が出ずに済んだ」
「いっ、いえいえ……。助け合いって素晴らしい事ですよね……」

 何の用事で呼ばれたのだろうか。とてもじゃないが、このまま礼だけで終わりそうにない。私は警戒を隠すように、そうっと息を呑んだ。