第2話 スツルツのウサギ

04.本日のお届け先


 ***

 慣れた調子で王都の兵舎前まで跳んだ私はそこで優雅にティータイムを楽しむパフィア兄妹を発見した。決して口数が多い訳ではないが、紅茶を飲みながら思い思いの時間を過ごしている。
 具体的に言うとコローナさんは高そうな分厚い本を読み、ライナルトさんはぼんやりと城下町の様子を眺めていた。

「毎度〜、スイーツ工房からスイーツのお届けでーす」

 何と声を掛ければ良いか分からなかったので、異様に重い箱を見せながら呟く。全く同時に兄妹がこちらを見た。

「やぁ、待っていたぞエレイン!」
「時間ピッタリだね。私達も、今まさに休憩に入ったところだよ」

 さあさあ、と促されるままに席の1つに座らされ紅茶を用意される。コローナさんの言葉は本当だったようで、ポットに入った飲み物は薄く湯気を立ち上らせていた。

「えっと? 騎士サマの優雅なお茶会に、私も混ざって良いよという事ですか?」
「何? その、優雅なお茶会っていうのは」
「今まさに目の前で催されているお茶会の事ですよ」
「優雅? かどうかはともかくとして、君も特に仕事が無いのならお茶していかないかな? 私達だけじゃ味気ないからね」

 コローナさんが肩を竦めるが、私の目が正しければ彼女の目の前には兄であるライナルトさんが鎮座している。味気ないどころか、2人合わせてとても華やかな雰囲気だ。

「ライナルトさんがいるじゃないですか」
「いやだな、兄さんは身内だよ。そう四六時中話す事も無いし、暇潰しに付き合ってよ」
「兄妹ってそんな感じなんですねえ」
「君は一人っ子だったかな?」
「いえ、記憶が正しければ妹が1人、弟が1人に兄が2人、姉が1人いましたよ」
「多くない? それだけいれば、話題に困る事も無いのかな?」
「もう私しかいないんで何とも……。まあ、貧しい村ですからね。生存競争に打ち勝てなかったんでしょう」
「はいっ!?」

 信じられない者を見るような目で見られた。
 微妙な空気が流れる中、全く話など聞いていないしあまり興味もなかったであろうライナルトさんが、ケーキの箱を漁る音だけが不自然に響く。

「エレイン、君はどのケーキがいい? 一応客だからな、好きなのを選んで良いぞ」
「や、私、店員ですから。注文した物を横領する訳には……」
「大丈夫。俺達がちゃんと金は払う」

 お言葉に甘えて、とモンブランを選択。最近、店長の実家から大量に送られて来た謎の栗を使用しているが、新メニュー追加時に私がいなかったので味見をしていない一品だ。リリちゃん曰く、かなりイケてる味だったらしいので食べてみたかった。

「それにしても、これだけのケーキを休憩中に食べ終える事が出来るんですか?」
「え? いやいや、俺達だけで消費する訳じゃないさ。兵舎のみんなにもお裾分け」
「成る程。うちの店のPR、よろしくお願いしますよ」
「ならもっとチラシ置いて行ってくれよ……」

 私がさり気なくテーブルの上に置いた1枚のチラシを指さしたライナルトさんが首を振る。しかし、チラシなんていう割と貴重な物を同じ場所に何枚も置く事は出来ないのだ。

「広告料ってかなり高いんで、うちはお願いしてないんですよね。これ以上チラシを自前で作るとなると、店員の人件費がケーキの値段に直結しますけど良いですか?」
「いや、悪かったよ。生々しい話をしてしまって」

 芸術面で優れるクリフくんとビエラさんによって作られているこのチラシ。その原形をリリちゃんが魔法で数枚に増やしてくれるのだが、どう足掻いても紙とインク代が掛かる。印刷所の使用料をカット出来ている事だけは救いだが、客の来ないスイーツ工房ではこれ以上、広告費に回せる金が無いのだ。

 そういえば、と席についてケーキを堪能していたコローナさんが思い出したように口を開く。

「兵舎での新しい鍛錬で、スイーツ工房へ行ってケーキを買って帰って来るっていう意見が出ているんだよ」
「罰ゲーム扱い!?」
「いや、鍛錬だから……。修行って事ね」
「苦行扱いじゃないですか! まあ、私はシリザンを徒歩で抜けた事無いんで、どのくらいの苦行なのかは分かりませんけど」

 確かに、それで兵舎の騎士達がケーキを買いに来るのなら経営者的には良い事なのかもしれないが――何か釈然としない気持ちがあるのも確かだ。いやでも、稼げるのならやっぱり来てくれた方が良いのか?

「事実、兄さんはシリザンの森を行ったり来たりしているだけで師団の班長にまで昇格したし、侮れないと思うんだよ」
「それって凄いんですか?」
「兄さんは師団に入ってまだ2年しか経っていないから、異例の出世扱いされているね」
「凄いじゃないですか!! え、ライナルトさんって凄い人だったんだ……!!」
「そうしたら団長が、他の団員のスキルアップに良いかもしれない、って言うんだよ。だから、近々シリザンの森は師団の人間で溢れるかもしれないね」
「そうなんだ。まあ、死人が出ない程度に頑張って下さい」
「死人か……。生半可な気持ちの団員は止めておいた方が良いのかもしれないけれど、線引きが難しいなあ」

 コローナさんは考え込んでしまった。何故彼女が団員の鍛錬方法に頭を悩ませているのだろうか。
 チラシを見ていたライナルトさんが話し掛けてきた。

「エレイン、クリスマスケーキの注文はいつからだ?」
「早い方が良いかと。1ヶ月前くらいが目安ですね」
「そうか……。班の連中とも話して決めるよ」
「班員?」
「ああ。班長になったは良いが、そういう行事は班内で行われる事が多いんだ。俺が主催なんだよなあ。ケーキだけ取って、後は別の班員に任せてしまおうか……」

 取り留めもない会話がつらつらと流れて行く。
 この後、特に目立った客もなく1日が終わった。