第2話 スツルツのウサギ

03.国営ギルド


 ギルドか、と私の言葉をまるで聞かなかった事のように受け流したクリフくんが皮肉っぽい響きのある一言を吐き出す。

「誕生日のお祝い――大方、馴れ合いの一貫だろうな」
「え、どうしたの急に。いいじゃん、誕生日のお祝い。私の住んでる村なんて常に金銭面で困っててお誕生日ケーキなんて買って貰った事無いよ?」
「そういうアットホームな話じゃない。ギルドはつい最近、国によって国営ギルドとして統一された。この魔物が大量発生しているご時世で個人業などやられたら堪ったものじゃないからな、賢明な判断だろう」

 その話は知っている。魔物が大量に発生している昨今、王都の騎士連中だけでは魔物の討伐が追い付かなくなった。特に王都外の街や村の被害は甚大で、騎士団が討伐に到着する頃には村一つなくなっているだなんてザラ。
 そこで国側が考えたのが、今まで各々好き勝手やっていたギルドを国営という形で一つに統合する事だった。具体的に言うと国営になったおかげで収入の安定しなかったギルド側が安定した収入に有り付けるようになったので、当然断るという選択肢は無い。

「それがどうかしたの?」
「ギルド間の抗争はギルドでの華だ。しかし、統合され一つになった今、それは抗争ではなく内輪揉めという形になってしまった。国は人間同士のどうでもいいイザコザを好まない。よって、今まで別々のギルドとしてやっていたライバル達は仲良しごっこを強要される事になり、こうして親睦を深めるごっこ遊びのような会を催しているという訳だ」
「うん、理屈は分かったけどあれかな? クリフくんはギルドに親でも殺されたの?」
「俺の親が人間如きに殺されるか。俺はそういう弱者が集まって馴れ合いに興じているのを見るのが、純粋に嫌いなだけだ」

 ――拗らせてるなあ……。
 正直な所、私の住んでいる村には近辺にギルドなど存在しないので彼等に対して何ら感情は抱けない。いないものはいない、存在しない存在に何かを求めるのはお門違いである。彼のどうでも良い事に対し、明確な評価を弾き出す姿勢には拍手喝采を贈りたい気分だ。よくもまあ、目に入らない存在についてそこまで心を砕けるな、と。

 皮肉っぽい態度のクリフくんに対して、ビエラさんは対比するような『人間目線』のフォローを入れた。

「そうは仰いますが、民間人から見れば助かっているのは事実です。以前のギルドは、高額の報酬を支払わなければ魔物の討伐に出てはくれませんでした。しかし、国営ギルドになった事により、魔物の討伐報酬を国が支払う事になった。その上、民間人が払うそれより高額な報酬はギルドの人員を潤す事に繋がります。現状、ギルドというシステムは破綻すること無く誰にとっても最善の形で機能していると言えるでしょう」

 はん、とそれをクリフくんが鼻で嗤う。

「あれは高額報酬に釣られてやって来た烏合の衆だろう。自分の力量も見極められない拝金主義のゴミが幾ら集まったところで、ゴミはゴミだな」

 残念ながら、言い方は大変悪いもののクリフくんの言っている事は的を射ている。ギルドに新しく入る殆どの人員は国の出す高額報酬に釣られた喧嘩が少し強いだけのチンピラのようなものだ。
 彼等は確かにLv.1程度の魔物にならば勝てる。しかし、少しでも相性が悪かったり少しでも規格外の魔物が現れると途端に使い物にならなくなるのだ。

 しかし、彼等もギルドに所属する人員の1人。いくら使えない雑魚でも、国から出る給料で多少なりとも美味しい思いをしているのもまた事実。このまま、魔物の被害が収まらなければいつかは国の財政が破綻してしまうのではないだろうか。
 ともあれ――

「森の奥で国の財政について考えたって仕方ないし、仕事しましょうよ。仕事。シリザンには残念な事にギルドも騎士団もいないですし」
「エレイン、このケーキは王都の兵舎に届けて下さい」
「パフィア兄妹からの注文ですか?」
「ええ。休憩時間中にケーキを食べたいとの事だったので、今すぐに届けて来て下さい」

 優雅な注文の仕方するなあ、あの人等。
 流石はお国に雇われているエリート集団。このクソ忙しい世の中でティータイムが出来るという時間のゆとり。羨ましい限りである。

「じゃ、行ってきまーす」

 私は気の抜けた声を上げた。しかし、今日は基本的に馴れ合いを嫌悪するクリフくんと寡黙なメイド・ビエラさんが出勤している。当然、いってらっしゃいの言葉は欠片も掛けては貰えなかった。