01.愉快なスイーツ工房の仲間達
鑑の中にいる自分の姿を見ながら、淡いブロンドの髪を編み込む。スイーツ工房は接客業である以前に、飲食物を扱う店なので清潔さは必要不可欠だ。リリちゃんはさておいて、ビエラさん程とはいかないがきっちりと長い髪が垂れてくること無くセットし終わったのを見て頷く。
今日は確か、件のビエラさんの勤務日だ。勤勉な彼女は私がだらしない格好をしていると母親かと言う程口出し、且つ迅速に整えてくれるのでこちらが悪い気分になってくる。
出勤の準備をしながら、最近始めたデリバリーサービスについて思案。
売り上げは確実に上がっている。ケーキが売れない日なんかあった事が嘘のようにだ。何より、家から一歩も出ずとも宅配するというサービスは魔物が増えている昨今において需要がある。
「このまま行けば……今月は黒字に……」
そしてゆくゆくは私の給料アップに繋がるはずだ。
明日への、そして未来への希望を見出した私は鞄を引っ掴むと店の前をイメージし、間髪を入れずテレポートで跳んだ。
一瞬の浮遊感の後、森特有の何とも言えない大自然の香りが鼻孔を掠める。店へ行くだけでセルフ森林浴だ、凄く身体によさそう。
店の前にはすでに同僚の姿があった。
「あ、おはようございます! ビエラさん!」
「おはようございます」
僅かにも表情が変わらない鉄面皮がこちらを向いて恭しく一礼した。完璧なお辞儀。固く結い上げられた焦げ茶の髪は風に吹かれようが全く乱れる気配が無い。そんな彼女はエプロンドレスを着用し、フリルのカチューシャを装着していた。まるで貴族仕えの侍女のよう。
彼女の名前はビエラ・ハルヴァートヴァー。私と同じくスイーツ工房で働く店員である。
「掃除ですか?」
大きな箒を手にしていたビエラさんは一つ頷いた。
まずは店長に出勤した事を伝え、それから掃除の手伝いをしよう、と私は足を一歩踏み出す。
ぐちゃり、というぬかるんだ地面を踏みしめたような感触。
しかしここ数日は綺麗な晴れ模様だったはず。雨なんて降った記憶が無いのだが。脳がそう結論付けたと同時、反射的に足下を見た。
「ええっ!? ど、どうしたんですかこれ!?」
「掃除をしています」
「いや、それさっき聞きましたけど!?」
――血溜まり。
人間であれば致死量を超えたどころか、全身の血を抜いたってこんな量にはならないだろうという血液量だ。何て物騒な、と思いつつも私はこれが人の血ではない事にすぐ気がついた。
これが丸々全て人の血液であったのならば、うちの店はケーキではなく人間で挽肉でも作っている工場だとしか思えない。
であれば、『掃除』とは何かの隠語――
「危ないですよ」
「え?」
いつの間にか目と鼻の先、ゼロ距離にビエラさんが立っていた。彼女は背が高い。頭一つ分の身長差はある。一拍遅れて後退ろうとした私の後頭部にビエラさんのひやりとした手が触れた。
と、思いきやその場に思い切り屈まされる。座り込んだ一瞬後に頭の上を何かが凄い速度で通過して行った。飛来物は私が先程まで立っていた辺りを通過し、背後の木の幹に深々と突き刺さる。
――あっぶねええええ!?
心中で絶叫しながら、同時にビエラさんに礼を言う。
「す、すいません……。助かりました」
「いいえ」
木の幹に突き刺さったそれは何だか甲殻類の殻に質感が似ていた。恐る恐るそれが飛んで来た方向を見る。
「消えろッ!!」
青年らしき怒号。それと同時に眩しい光が網膜を焼いた。
私は冷静に、腕で光から眼球を守る。
急な強い光、それから受けたダメージを回復し視界が良好になる頃には今何が起こったのかを理解していた。今日いるもう一人の店員――クリフ・アンヴィルが外に群がっていた魔物を『掃除』していたのだ。
彼が遠慮なく使った爆発系魔法により、危うく私の視力は著しく損なわれるところだった。絶対に許さない。
大まかな魔物の駆除を終えたのか、クリフ青年は立ち止まり、額の汗を拭った。朝からハードな運動ですね。
ぼんやりとその横顔を見つめる。金髪、同じ色の瞳だ。褐色の肌で、耳はリリちゃんと同様に少しばかり尖っている。あらゆる事に興味の無さそうな、顔立ちが整っているが故にありありと表情の分かる顔。
そんな彼はダークエルフである。リリちゃんがエルフなので、最初は店の中でバトルロワイヤルが始まらないかハラハラしたものだが、本人達は至ってストイックなのでそんな珍事が起こった事は今の所無い。曰く、エルフの里が関係しなければ気に掛けるような相手ではないらしい。
「ビエラさん、取り敢えず今、やらなきゃいけない事があるんですが」
私は、ゆっくりと自身の服を見下ろす。
ビエラさんに助けられて屈んだ時。そして、今あのアホが爆散させた魔物の血肉。膝と腹辺りが重点的に魔物の内容物で汚れている。
チラ、と侍女スタイルの彼女を盗み見るも、何故かビエラさんは無傷。汚れ一つない凛とした格式高い侍女姿のままだ。何でだよ。
「私――一度、家へ戻って着替えて来ていいですか?」
「はい」
綺麗好きと名高いビエラさんは、私の格好を若干引いた目で見ていた。そこは平気そうな顔をしておけよ、と正直思ったが言えない。