第1話

06.デリバリー開始!


「ところで、水道とか無いですか? 血塗れで汚い……」

 魔物に突っ込んだ腕を筆頭に、返り血でべちゃべちゃだ。心底不快な感覚に肩を竦める。ライナルトさんが私の姿を見て目を眇めた。

「君は……物怖じしないな。気の弱い子なら、あのスプラッタに巻き込まれて平然とはしていられないだろうに」
「あ、私、魔物世代なんですよ。あんなスプラッタ日常茶飯事ですって! 同世代の子達も大体みんなこんな感じです」

 魔物世代、と言うのは魔物が大量に現れるようになって以降に生まれた世代の事だ。私の両親や祖父母は当然、こんなグロッキーな光景を見れば眩暈を覚える事だろう。しかし、魔物世代は違う。
 何せ、私達は生まれたその瞬間から弱肉強食を完全具現化したこの世界にいるのだ。弱い者が捕食されるのは当然の世界。即ち食って食われては日常である。

「エレイン、君は幾つだったかな?」
「17歳ですね」
「ああ、確かに。今時の子って、みんなこうなのかな? 教育に心底悪そうだね」

 なあ、と満面の笑みを浮かべたライナルトさんが、どこか既視感を覚えるテンションで話し掛けて来た。

「君、騎士団に入らないか?」
「嫌ですよ……。私だって出来れば魔物とは戦いたくないですし」
「そうか? 儲かるぞ、師団員は」
「や、見ての通り、私って触れているものしか移動させられないんですよ。跳んだ先でカウンターパンチなんてされたら即死です、即死」

 逃げる手段はあるが、攻撃を受ける手段は無い。魔物はほぼ全て例外なく人間より高い身体能力を持っているので、守る術を持たない私なぞ小突かれただけで大怪我だ。先程の鳥の魔物だって、背中に飛び乗れば私に攻撃が出来ないだろうと予想したから討伐したのであって、あの背が剣山みたいに針とかで出来ていれば絶対に手を出さなかった。
 私をジッと見ていたライナルトさんはややあって肩を竦める。

「そうだな、君は賢いよ。事、命の危機に関してはな! とはいえ、師団の輸出に役立つ技能だ。気が変わったらいつでも言ってくれ!」
「無いと思いますよ。私が運ぶのはケーキだけです!」

 その後、私は水道できっちり手を洗いパフィア兄妹とケーキを食べて、1時間後くらいにスイーツ工房へと戻る事となった。なお、手に着いた血生臭さは何度手を洗ってもなかなか消えず困った、とだけは言っておこう。

 ***

「ただいま戻りましたー!」

 結果的に言うと、工房に倒れていた魔物の死骸は綺麗に片付けられていた。しかし、結局私は血みどろフィーバー状態だったので、もういっそ片付けしても良いかなという気分ではあったが。
 服に付いた返り血は水道の水如きでは落ちなかったのでそのままだ。とはいえ、工房には着替えがある。魔物がよくこんにちはして処理する事になるので、服は割と頻繁に血で汚れるからだ。

「何か臭いよぉ、エレイン」

 ケーキを消費する作業に戻っていたリリちゃんから心無い一言を放たれた。そんな彼女に、王都であった事を話して聞かせる。
 かなりの大冒険、武勇伝のように盛って聞かせたがエルフの反応は実に淡泊だった。

「へぇ〜、無事で良かったねえ。きみは防御面弱過ぎるしぃ、そうやって目立つ事、しない方がいいんじゃなぁい? 王都なんて〜、シリザンの森とは関係無いところにあるしぃ、騎士団もいるんだから放っておけば良かったのに〜」
「世の中助け合いだよね。あ、でもあの鳥、村へ持って帰れば良かったなあ。あれだけ大きかったら1日分の焼き鳥に出来そうだったのに。勿体ない事したよ」
「村とか〜、このご時世にまだあったんだぁ。というか〜、野蛮すぎ〜」

 何だか鶏肉が食べたくなってきた。村に戻ったら鶏を絞めようと提案してみようかな。ケーキを食べたせいか、しょっぱいものが食べたい気もする。

「それでさぁ、デリバリーはどうだったの〜? ちゃんと出来た?」
「出来たよ! あとは大々的に宣伝するのみ!! やっとうちの店も赤字地獄から脱出かな? ところでさ、店のローンってどのくらい残ってるの?」

 希望の光は見えたが、この店がとっくのとうに潰れる道を爆走しているのならば焼け石に水だ。会計はビエラさんに任せ切りなので、実際どうなっているのかも分からない。

「ここさ〜、ビエラに聞いたけどぉ、空いてた土地に勝手に店建てたらしいから〜、建材費以外、掛かってないらしいよ〜」
「え、建てたって店長が?」
「そうそう〜」

 何でこの人、スイーツショップなんて経営してるんだろう。漠然とした疑問が湧き上がってきたが、聞かないでおいた。多分、趣味とか好きな事を追求した結果がこれだと思う。

「あとさ、ドアの所の死骸を片付けたのは誰? まさかリリちゃん、店長にさせたんじゃないよね」
「片付けたよぉ。魔法で」

 ――ならいつも魔法で片付けてくれないかな!
 そうは思ったが、よくよく見てみると出入り口の床板が若干焦げていた。今度からは片付けしてから店を出ようと、私は強く誓った。