第1話

05.技能と魔物討伐における相性


 念話器は良いとして、私の運んだケーキは無事だったのだろうか? ふと気になって、そうっと箱を開けてみる。そしてその行動は正解だった。
 着地の衝撃か、ケーキは横倒しになっている。

「うわっ!? すいません、ケーキ、倒れちゃいました……」
「まあ、そういう事もあるさ、ドンマイ。俺は食べられればそれで良いから気にしないで良いぞ。というか、包装雑じゃないか?」

 覗き込んで来たライナルトさんがケーキとケーキの間に空いた、決して狭くはない空白の区間を指さす。

「こういうのってケーキが倒れたりしないように、紙とか詰めるんじゃないのか? 俺はよく知らないけれど」
「そうだね。そういう方法もあるね」
「いや、実は客が来なさ過ぎて、包装とかあまりした事無いんですよね。店長……いや、明日あたりビエラさんに相談してみます」

 こういう細々した作業に菓子類を作る事しか頭に無い店長や、菓子類を食べる事にしか興味の無いリリちゃんは向かない。であれば、女性らしい繊細さを持っているビエラさんに相談するのが良いだろう。彼女、見るからに菓子の包装とか得意そうだし。
 クリフくん? アイツは論外過ぎるだろ。というか、私のお願いを聞いてくれる気がしない。

「エレイン、君も私達とケーキを食べて帰ると良いよ。まあ、仕事中のようだし無理そうなら良いのだけれど」
「わーい、食べます!」

 3ピース入っているケーキ。たぶん、1つは私の為に店長が詰めてくれたケーキだと思う。はっきり3つ入れろって言っていたし。というか、玄関の片付けをしたくないので出来るだけここにいる時間を引き延ばしたい。

「いい返事だね。じゃあ、どれが良いかな? 私は何でもいいや」
「んー、俺はチョコが良いかな」
「なら、私このショートケーキ貰っていいですか!?」

 ふ、と全く唐突に影が差した。雨でも降るのか、と空を見上げて驚愕する。
 ――鳥。
 ただしそれは規格外のサイズだった。翼開長、およそ5メートル。2メートルしかない巨鳥でさえ人間を攫って巣まで連れて行くそうだから、害悪というレベルではない大きさと言えるだろう。

 嫌な予感がする。確か、今外に出ている人間はここにいる私達以外にはいないはずだ。であれば。

「下りて来る! 伏せて、エレイン!!」

 伏せて、というか最早石畳に叩き付けるかのような勢いで後頭部が沈む。思いの外力の強いコローナさんの咄嗟の行動だが、彼女に殺されかねない勢いがあった。
 舞い上がった髪を、何かが掠める。鳥の羽ばたく音が離れて行ったのを確認し、私は顔を上げた。ケーキを狙っていたのかもしれない、と思ったが箱は無傷だ。

「あれ、ケーキを盗りに来た訳じゃないんだ……」
「普通に私達を狙って来たんだと思う。あれは鳥ではなく、魔物の類かな。警報はどうしたっけ、あんなの、民間人が外を彷徨いていたら大変だ」

 空を舞う生き物だけあって、王都に巡らされた魔物避けの外壁はまるで意味を成していない。
 遥か上空を旋回している魔物は言うまでも無く再び私達という獲物に狙いを定めていた。無傷だったケーキをコローナさんに押し付ける。
 周囲を見回すと、兵舎の端に積まれたままになっている鉄パイプを発見した。

「すいません、あれ1本貰っていいですか?」
「え? 何に使うんだ?」
「このままじゃおちおちケーキも食べられないので、ちょっと落として来ます」
「い、いやいや! 気にせず君はお店へ戻るんだ。あれをどうにかするのは俺達の仕事だし」

 ライナルトさんはそう言ったが、正直に言ってあの空を舞う魔物に対し騎士団が出来る事は無いだろうとそう思う。勿論、国も空から魔物が都へ入る事を予想した道具を揃えてはいる。
 投石器、何だかよく分からない大きな矢を飛ばす装置、コローナさんのような魔法騎士――諸々。
 が、恐らくそれより私の攻撃の方が効率的であると考える。
 魔物との相性はそのまま技能との相性。世の中は適材適所で回っているのだ。

 上空の魔物に警戒しつつ、鉄パイプを手に取る。ずっしりと重たい。重さなど関係無いが。
 風に乗り倦ねて旋回を続ける魔物。
 その心臓部に鉄パイプの移動位置を設定する。
 瞬間、一思いにジャンプするイメージを強く思い浮かべた。

 甲高い悲鳴が上がる。足下にあった滑らかな羽毛がみるみるうちに血に染まり、ついでに鉄パイプの長さが足りなかったが為に、私の片腕はしっかりと魔物の血肉の中に突っ込まれていた。目算を誤った事にウンザリした気分を味わう。
 乗っていた魔物の背がガクン、と傾いたのを皮切りに鉄パイプを魔物の背に遺したまま、私は兵舎の前へ舞い戻った。

「本当に落としたね……。あの魔物、Lv.3以上はありそうだったけれど」

 戻って来た私を見て胸をなで下ろしたコローナさんが呟く。彼女の視線を辿ってみれば、今まさに赤い線を引きながら城下町へ落下していく魔物の姿があった。

 ちなみに、魔物にはレベルが設定されている。人間側が勝手に決めた数字ではあるが、ギルドの魔物討伐依頼に国が多大な報酬を払うようになった為、魔物に突っ込む無謀な馬鹿が後を絶たずこういう措置を執った。自らの実力と鑑みて、戦う魔物を決めるのだ。
 とはいえ、国からの報酬金は想像以上の大金だ。ここまで注意喚起しても実力を見誤り、指定の魔物を討伐しようとする輩は増え続けている訳だが。