第1話

04.勘違いされやすい


 しかし、安堵も束の間、今度は店長が「おい」と機嫌の判断出来ない重低音で待ったを掛ける。

「エレイン、詰めろ」

 そこそこ付き合いの長い私は店長のその一言で何を言いたいのか理解した。したのだが、私に運んで貰う為に腕を組んでいたコローナさんはそうではなかったらしい。一体その言葉から何を連想したのか、小さく悲鳴を上げてガタガタと震え始める。

「ま、待って下さいブライアンさん! エレインが何をしでかしたのか私には分かりませんが、指を失えば生活が困難になってしまいます!」

 続いて僅かに困惑顔をしたのは当然の如く店長だった。こいつは何を言い出すんだ、とアイコンタクトを送ってきている。私は慌ててコローナさんの誤解を解くべく口を開いた。

「コローナさん、コローナさん。店長は指を詰めろって言っている訳じゃなくて、ケーキを詰めろって言ってるんですよ!」
「ケーキを!?」
「え、普通にケーキ屋なんだからそうなんじゃ……。むしろ逆にどうしてそんなに驚いているんですか……。常連さんへのお土産ですよ」

 トングを持って白い箱にケーキを4つ入れる。このケーキ達も客が来なければ生ゴミと化してしまうので、過剰なサービスと言われようが消費を手伝って貰わなければ。
 慣れない手つきで箱に封をし、それをライナルトさんに手渡す。彼はとっても上機嫌だ。

「ありがとうございます! また、来ますね、ブライアンさん!」
「おう。エレイン、届けたらすぐに戻って来い」
「イエッサー、ボス!!」

 ダァンッ、と店長がカウンターを叩いた。ヒエッ、とコローナさんが身を縮める。

「いいか、エレイン。俺の事は――店長と呼べ」
「サーセン。行って来ます、店長!」

 コローナさんにテレポート先を訊ねたが、店長に怯えてしまって話にならなかった。代わり、ライナルトさんが行き先を告げる。

「そうだな……。念話器が近くにある場所が良いだろうから、兵舎の前まで跳んで貰っても良いだろうか?」
「それは良いですけど、兵舎って王都のどの辺にありましたっけ?」
「城門を入ってすぐ右だ」
「城に入れって事ですか? 私、一般人なんですけどそんな城の内部にまで入って良いんですかね。怒られたら責任取って下さい」
「いや、入って良い。荷物なんかも兵舎の前に下ろして貰うから全然問題はないはずだ」

 おいおい大丈夫かよ。そう思いはしたが、騎士2人がいれば何かあっても私が咎められる事は無さそうだ。この人等を絶対に離さないようにしよう。
 とはいえ、ライナルトさんに全力で振り切られればあっさり逃してしまいそうだ。打算を終えた私はコローナさんの腕をがっしりと掴む。反対の手でライナルトさんの肩に手を置いた。

「じゃ、移動します!」

 城門を抜けた先くらいをイメージ。視界が揺らめく。堪らず目を閉じて、そして次に目を開いた時にはスイーツ工房の甘い匂いのしない、外の空気が頬を撫でた。

 ***

「ここだ、ここ。何だ、知らない場所でも大まかな位置を教えれば移動出来るんだな」

 少し興奮気味にそう言ったのはライナルトさんだ。彼の指さした先には城程では無いにしろ、たくさんの人が寝泊まり可能な建物が鎮座している。城の一部だと思っていたが、成る程ここが兵舎か。

「何だか、人の姿が見当たりませんね」
「昼の休憩が終わるくらいの時間だからな。職務に戻ったんだろう」
「え、ライナルトさん達は良かったんですか? 遅刻?」
「私達、今日は非番なんだよ」

 休みなのか。折角身体を休められる機会だと言うのにわざわざあんな森を抜けるという苦行を強いてしまってそれなりに心苦しい。私は徒歩で森を抜けた事は無いが、歩きなら店へ着くまでどのくらい掛かるのだろうか。
 沈み行く思考を引き戻したのはコローナさんだった。リリちゃんから貰ったメモを片手に、兵舎の端にぽつんと置かれている見覚えのある魔法道具へ近付いて行く。

 台座に置かれた丸い半透明のアイテム。これこそが念話器の核だ。これに手を触れ、魔力を注ぎつつ魔力波数を入力する事で遠く離れた人物とも会話が可能になる。とはいえ、距離=魔力量なので魔力の少ない人にとってみればイマイチ使えないアイテムなのだが。
 私の場合は魔力の扱いが致命的なまでに下手なので念話器の使用が出来ない。誰か根気強く使い方を教えてくれれば――とは思うが、リリちゃんはそういう事を懇切丁寧に教えてくれるタイプではないので無理だろう。というか、彼女は腐ってもエルフ。魔力を使うなど呼吸をする事と同じだ。天才は馬鹿にものを教える事が出来ない。世の心理である。

「コローナさんは念話器、使えるんですか?」
「ああ、使えるよ。とはいえ、所詮は人間だからね。王都から3つも4つも離れた街にまでは念話出来ないかな」

 片手を念話器に触れた彼女はもうもう片方の手で素早く数字を入力する。魔力波数を検索している事を示す波紋が置いた手を中心に数度広がった。
 ややあって、念話器から聞き慣れた声が届く。

「は〜い、念話器ぃ、繋がったみたいだねえ」
「はい、繋がっていますね。今度から、これで注文します!」
「よろしくぅ。じゃあ〜、エレインに帰って来るようにぃ、伝えててねえ」
「了解。失礼します」

 念話器から手を離したコローナさんはパッと顔を輝かせた。

「やった! これで今度から、あの森を抜けずに美味しいケーキが食べられる!」
「そうか? 鍛錬になって丁度良かったんだけどな。次からは別の奴を誘って店まで行くか。非番が重なってる同僚がいるはずだし」

 それは酷というものでは? そう思いはしたが、新規客ゲットという下心を前にした私は思うだけに留めた。