第1話

03.客が人ばかりだとは限らない


「ところで、宅配をすると言っていたが、君の技能を使ってか?」

 ショートケーキにフォークを差し込んだライナルトさんが不意に訊ねた。その問いに対し、私は隠すことなく頷く。彼等の事はいつも帰りに森の外まで送って行くので、今更嘘を吐いたところで仕方が無い。

「そうですけど、今度からお客さんの元までスイーツを運ぶ事になるじゃないですか? ちょっと試しに、私が指定された場所まで跳べるか試してみたいんですよね」
「本当? なら、私達を王都まで送っておくれよ」
「はーい、頑張ります」

 コローナさんが上機嫌になった。ここへ来るまでに体力の大半を持って行かれたのだろう。

 ***

 20分後、結構な量のスイーツをペロッと平らげた騎士2人は席を立った。ライナルトさんがカウンターの丸椅子に座った店長へと声を掛ける。

「ブライアンさん、今日も美味しかったですよ」
「おう」

 そんな和やか且つ殺伐とした会話が繰り広げられていた時だ。大変珍しい事に、来客を告げるドアのベルが鳴った。パフィア兄妹は当然ドアには触っていない。私は誰も座っていない椅子に足を組んで腰掛けていたのだが、驚いて立ち上がった。こんな不遜な態度の店員がいる、と話題になっては目も当てられない。
 営業スマイルを反射的に貼り着け、ドアの方を見た。

「いらっしゃ――うわっ!? リリちゃん、ヤバイよヤバイ! コイツは客じゃ無さそう!!」

 まず目が合ったのは人間の目より何倍も大きいぎょろっとした爬虫類のようなそれだ。皮膚はやはり爬虫類のようにやや硬質でざらっとしている。とはいえ、それはトカゲやヘビなどの爬虫類ではなかった。
 何せ、二足歩行。まるで人間のように姿勢良く立っている。緑色の外皮が私達を見つけた事に喜んでいるのか、赤い色がパッと奔った。カメレオンみたい。
 それだけに飽きたらず、そいつは喋った。大事な事なのでもう一度言おう。私達に理解出来る言葉で、話し掛けてきた。

「ギャギャギャギャギャ!! こんな山奥に旨そうな人間が雁首揃えてるとはな! 今日は人間のフトモモ肉で――」
「ケーキ食いに来たんじゃないのならかえんな」

 店長の憮然とした態度。あまりにも動じない姿勢を茫然と見ていたライナルトさんが慌てたように椅子に立て掛けていた剣を手に取る。穏やかな表情が形を潜め、険しい顔のまま一歩前へ出た。

「魔物だ、下がっていてくれ――」

 民間人を保護する騎士らしく、私達を護ろうとそう言ったのだろうがそんな彼の頭の真横を高速で何かが通過していった。丁度、ライナルトさんの背後から飛来したそれは狙い澄ましたかのように玄関に突っ立っていたトカゲ魔物の首筋を直撃。そのまま首と胴を真っ二つに両断した。
 真っ赤な鮮血が玄関をしとど濡らす。
 魔物を両断した凶器は背後の大木に刺さっていた。かなり大きな斧だ。

 見本のような投擲の姿勢のまま固まっていた店長がスッと新聞を読む作業に戻る。それだけで何が起きたのか理解したコローナさんは心なしか震えていた。

「かえれ、って……。土に還れって意味だったんだ……」
「え? いや、店長はそういう皮肉っぽいギャグセンは無いと思いますけど」
「君は今起きた事に対して何か思わないのかな!?」
「いや別に……。正直、客より魔物が訊ねて来る事の方が多いですからね。掃除が大変そうだな、としか」
「通りでね! 落ち着き過ぎていると思ったよ!!」

 落ち着いてはいない。あの生ゴミを誰が掃除すると思っているんだ。リリちゃんはあの通り血生臭いものを触るのを嫌うし、店長はパティシエ。手が汚れる仕事はしないだろう。
 いや待てよ。今から私は兄妹を送って行くわけだし、たっぷり時間を掛けて戻ればこの手を汚さずに済むのではないだろうか。私が帰って来ないと知れば、リリちゃんが片付けてくれるはず。よし、それで行こう。

 そうと決まれば掃除を先にしろと言われる前にお暇するべし。ライナルトさんに視線を移した。すでに金を払い終わっている彼は、妹が怯えている店長に対し果敢に話し掛けている。

「ブライアンさん、うちで働きませんか?」
「あん? 王城パティシエって事か?」
「いやいや、騎士として」
「菓子作りが生き甲斐なんでね。勧誘なら他を当たりな」

 何故わざわざ中年の店長を騎士に誘おうと思ったのか。彼は彼でかなり変わった人物だ。

「ライナルトさーん、王都まで送りますよ」
「ああ。行こうか。ごちそうさまでした」

 待って、と熱心にアイテムを弄くっていたリリちゃんが呼び止める。聞き流そうかと思ったが、皆の視線が彼女に集中しており呼ばれた事に気付かなかったは通用しなさそうだったので、仕方なく「どうしたの?」と訊ねた。

「これ、魔力波数ね〜。『210,110』だから。王都の念話器から掛けてぇ、ちゃんと繋がるか確認してよぉ」
「了解しました。リリアンさん。これからはここに掛ければケーキを注文出来るんですね?」
「そうだよぉ」
「私達、デリバリー客第1号ですね。ありがとうございます」

 コローナが礼を言って小さなメモを受け取る。掃除の話じゃなかった事に、私は胸をなで下ろした。