第1話

02.常連客の騎士兄妹


 それは盲点だった――
 しかし、私はそれに難色をしめした。

「待ってよ、どうやって注文を受けるの?」

 現状、思い付く限りで外部と連絡を取る方法は2つある。
 1つは伝書鳩よろしく、比較的飼いやすい小さめの鳥魔物に客から注文を受け取って来て貰う方法。しかし、少し考えれば問題点が次から次に思い付くので現実的ではないだろう。
 もう1つは念話。魔法道具を介して遠く離れた人物と会話をする魔法だ。専用の道具に番号を入れるだけで任意の受信魔法具に繋がる仕組みになっている。

「勿論〜、念話だよねえ」
「あの、リリちゃん? 私、念話器、使えないんだけど」
「私か、ビエラか〜、クリフが取ればいいじゃん。別にぃ、きみが注文を受ける必要は無いわけだし〜」

 確かに、店員は私以外にもいる。そして、彼女等は間違い無く念話程度使える事だろう。というか、よくよく考えてみたら役割は決まっているようなものか。私が運び、その間に別の仲間が念話で注文を取る。
 ――あれ? もの凄く良いアイディアじゃないか? でもリリちゃんだぞ。あの。ケーキが飛ぶように売れる事になれば困るのはリリちゃんじゃないか?
 余り物が無くなれば困るのはそれを楽しみにしている彼女だ。しかし、自分自身の甘味はキープしているのかその話題には触れない。いや、彼女の場合その事実に気付いていない可能性もあるが。

 水面下での私達の読み合い。そこに介入しない店長がカウンターを叩いた。視線がそちらへ集まる。

「今すぐ始めろ。店が多少狭くなろうと構わん、念話器を置け」
「りょうかーい」

 ケーキ最後の一口を口の中へ入れたリリちゃんが動き始める。私はそれを苦い気持ちで見送った。ごめんよ、君のケーキ事情より今月の給料の方が大事なんだ……。

「そうだ、リリちゃん。念話器って魔力波番号が必要だよね? 新しいチラシとか作る?」
「そうだねえ」
「あ、でも私、チラシとか看板とか作るの下手なんだよね。明日だったらビエラさんもクリフくんもいるし、そっちに頼もっと」
「それがいいよぉ。きみがチラシなんて作ったら〜、うちの店ではミミズを売ってるのかって〜、苦情が来ちゃうしぃ」
「どういう意味!? 流石にそこまで酷くないわ!!」

 どうやら今日と明日まで、私は通常通り暇のようだ。まあ、どうせもう少しすれば私だけが忙しくなる。それまでこの暇な時間を謳歌しよう――

 そんな私の気分を裏切るかのように、カランコロンとドアに付けたベルが鳴った。誰か来た、というか客が来た。慌てて身を正し、お客さんを迎え入れる姿勢を見せた私だったが来た人物を見て脱力する。

「いらっしゃいませ〜」
「やあ……。久し、振りだね。秋限定商品のチラシを見て……来たよ」
「今日も暇そうだな!」

 入って来たのは2人組。コローナ・パフィアとライナルト・パフィア――数少ない森を抜けて来る事が可能な常連客の兄妹である。何でも、王国騎士団所属らしく数名でならば森を通行するだけの技量があるらしい。
 とはいえ、妹であるコローナさんの方は全力疾走した後のようにぐったりと疲れ切っている。兄、ライナルトさんは運動後の爽やかな汗を流している程度だったが。

 彼等とは当然顔見知りの私は勝手知ったる調子でいつも通りに訊ねた。

「コーヒーと紅茶はどちらが良いですか? あ、秋限定スイーツなら甘芋を使った左端の一角にありますよ! お好きなのを選んで下さいね!」
「い、いや……取り敢えず、お水貰って良いかな?」
「かしこまり!」

 コローナさんに水を手渡し、トングを持ってライナルトさんの注文を聞きに行く。スイーツ男子とかいう訳の分からない造語を作り出した彼はえげつない程甘いスイーツが好みなので、スイートポテトを所望する事だろう。いや、甘芋のタルトかもしれない。
 ウィンドウの甘味をじっくりと眺めていたライナルトさんがそのままの姿勢で訊ねてきた。

「何だか珍しく忙しかったのか? リリアナさんが真面目に働いてるの、珍しいし」
「流石に失礼ですよ、ライナルトさん……! 確かに、明日あたり槍が降っても可笑しくないくらいにはリリちゃん働いてますけど!」
「どっちが失礼だって話だよなあ」
「いえね、あまりにもお客さんが来ないんでデリバリーでも始めようかって話になっていまして」
「成る程。なら、今組み立てているアレは念話器か? あんな風にぐうたら過ごしているが、エルフはエルフ。手先の器用な事だな」

 彼は一体、リリちゃんに何の恨みがあるのだろうか。いや、元々さらっと毒を吐くタイプだから通常運転なのかもしれないが。

「ともあれ、宅配してくれるのは助かるな! コローナは魔法専門だし、2人で森を抜けるのは厳しいと思っていたんだ。何か手伝える事があれば言ってくれ!」

 言いながら、ライナルトさんはスイートポテトを2つ、更にタルトを1つとお気に入りのショートケーキを1つ注文した。こいつはこいつでブラックホールみたいな胃袋をしている。
 一方でコローナさんの注文は兄と違って大雑把極まり無かった。私が知る範囲で、彼女が好き嫌いをした事はまずない。ただし、お気に入りの商品がある訳では無くその日にある物、季節限定の物を注文していくスタイルだ。

「オススメを3つ下さい」
「4種ありますよ」
「えーっと、じゃあ――」

 私は言われるまま、3種のスイーツを皿に乗せ、ライナルトさんが座って待っているテーブルへとそれを持って行った。