STEP:2

01.


 伊芸結芽と一緒に帰るようになってから1週間が経った。どこから広まったのか、自分にカノジョが出来たという話は今や部内全域に広がっている。誰か情報をリークしている人物がいるのは確かだ。
 現状、帰りに部員から励まし、冷やかしの言葉を貰う以外は何ら問題無く過ごしている。裏を返せば何も進んでいないし、かといって後退しているわけでもない。現状維持だ。
 流れる汗を拭い、ドリンクを口に含む。少しだけ涼しくなってきた今日この頃、朝の爽やかな風が気持ちいい――

「やぁ、方波見。面白い事になっているみたいだね」
「ヒッ!?」

 ふらり、現れたのは須藤司だった。楽しげな笑みを浮かべてはいるが、心臓が鷲掴みにされたように嫌な汗が頬を伝う。朝練中なので彼がいる事、それそのものは何もおかしな事ではないが苦手なものは苦手なのだから仕方無い。

「司、何や急に・・・って、方波見。お前絡まれとるんか?」
「休憩所混み合い過ぎてやぜか・・・喋りたいのなら、向こう行かんね」

 仲良し3人組登場。折竹聡と上鶴清澄がただでさえ狭い休憩所に入って来たせいで圧迫感が凄まじい。普通、人が群がってると思ったら休憩時間後回しにするとかあるだろ!
 ふふ、と司が整いすぎて逆に不気味である完璧な笑みを浮かべる。これを見てキャーキャー騒ぐ女子の気持ちが微塵も理解出来ない。確実に何かえげつない事を企んでいる人間の顔だ。

「それがね、聡。俺も方波見がカノジョとどうなっているのか訊いてみたくて。お前ばっかり色々聞かされて羨ましいと思ってたんだよね」
「マジか。お前ホントそういうの好きやんな」
「方波見、ちょっと俺の水筒ば取ってくれんね」

 上鶴だけはどうやら本当に偶然居合わせただけらしい。究極マイペース人間の彼なら、如何に人が多かろうが決めた時間に決めただけ休憩を取るのは間違い無い。が、何よりも恐ろしいのはこんな時間の朝練に参加しているという事実だ。いつも来ないか終了間際にやって来るだけなのに。
 そんな我関せずという態度の上鶴に対し、須藤は少々腹を立てたようだ。その端整な顔を無心に水分補給する彼へ向ける。

「清澄は気にならないの?方波見のカノジョ」
「どうでもよか」
「・・・あのさ、俺も一個聞いていいか」
「ん?それは俺に言っとると?」

 水筒の蓋を閉めた上鶴は不思議そうな顔をしている。
 だが、どうしても!
 遅刻魔が今日はどうして朝練にまったく遅刻せず来た上、ちゃんと参加しているのかだけは知りたい!

「ちょっと朝から間違い電話掛かって来て、目醒めたけん来た」
「間違い電話?お前、寮生やなかったっけ」
「スマホに掛かってきたと。葉木ちゃんから。お母さんっち言われたけんね、間違いなか」

 何をどうしたら母親と男子生徒を間違えるのか。葉木壱花と言えば巷で有名な電波の名を冠する四天王の一角だが、やはりブッ飛んでいるらしい。