09.
他愛のない話をしながら、いつもとは違う感覚のある通学路を歩いて行く。ただ一人、並んで歩いているだけで変わる世界。
「私、1年の時は国公立にいたから普通科にいた事って無いんだけど、どんな感じ?楽しい?」
「うーん、楽しいかどうかは人それぞれだけど、授業はかなり緩いな。遠征で休んでも欠席扱いにならないし、何より1日休んだぐらいじゃどうもならない感じ」
「そうだねえ、私は運動部なんて入れないよ。毎日忙しいもん」
――そういえば、伊芸は帰宅部だ。本当は何か部活に入りたかったのだろうか。
けれど、彼女は結局勉学を取った。1年次に国公立でスタートする為にはそちらのクラス用受験をしなければならない。つまり、少なくとも何らかの意志によって彼女は国公立クラスへ行き、そして2年次に理数科へ移動した事になる。
「私、本当はバド部に入りたかったんだよね」
「バドミントンやりたかったのか?」
「うん。中学校の時も帰宅部だったんだけど、高校に入ったら運動部に入ろうと思ってたんだよ。でも、親が・・・国公立にいるのに、厳しい運動部なんてやってられないって」
「無理矢理入れば良かったのに」
「ラケットとシューズ、ユニフォーム。全部揃えるのは私のお小遣いじゃ厳しいなあ」
「じゃあ、帰宅部なのは――」
「うん。バド部以外に入る気は無かったから。代わりの部活なんて知らないよ、誰が何て言ってもね」
そうか。耳が遠いからとかそんな理由じゃなくて、彼女には彼女なりのポリシーがあったのだ。陸上部だって様々な道具が必要である。それを個人の財布で賄えるかと言えば、そうはいかない。運動部は何かと金が掛かるものだ。
好きな事を好きなだけやる。それがどれだけ幸運であるのか。彼女の両親もきっと彼女の為を思ってそう言ったのだろうが、高校生活はもう二度と巡って来る事は無い。彼女の意志を尊重すべきではなかったのだろうか。勝手な妄想ではあるけれど。
「教室から、方波見くんが部活してるの見てたよ」
「えっ!?ああ、俺、今日はちょっと上の空じゃなかった?」
「そうなの?分からないけど、楽しそうだなあって」
そう言ってはにかんだように伊芸結芽は笑った。
見取れてしまう、誰が見たって呆けたような顔で。
「あー、あのさ、そのうち公園にでも行って、バドミントンでもする?」
「ああ、楽しそうだね。行く時はいつでも声を掛けてね。模試がある時以外はいつも暇だから」
――今日の発見。彼女の笑顔は可愛い。