Ep8

02.


 一方、何故か用が有ると言われた美鳥ちゃんの箸は完全に止まっている。何の接点も無いはずの麻純ちゃんを恐がっているのは明白だ。

「いやさ、百合子が使ってる花壇が荒らされてたんだと」
「美鳥ちゃんは花壇を荒らすような人じゃないよ・・・誰かと間違ってない?」
「花壇を荒らしたとは思ってねぇよ。というか、犯人は分かってるらしいんだ」
「というと?」
「百合子の追っ掛けの誰か。ほら、あいつ何だっけ?清楚系とか言って何にも知らないアホからモテるだろ」
「台詞の端々に悪意が満ち溢れてるよ麻純ちゃん・・・」

 その話は覚えがある。百合子ちゃんは黙っていれば、それこそ百合のように可憐な女子生徒なので『電波四天王』などという不名誉な称号が授けられようと、とにかく男子生徒にモテる。校内のマドンナ的な存在で、とにかく異性の目を惹くのだ。
 ――なお、そんな百合子ちゃんの好みのタイプは一緒に園芸が出来るような男子だそうで。花壇を荒らすような奴は論外も良いところだろう。南無三。

「それで、百合子は当然ブチギレ。犯人捜しやってんだけど、恋愛相談に乗って男共を斡旋してくる女子生徒がいるだろ?そいつがお前の目の前で弁当食ってる鈴島美鳥なんだよ」
「あー、成る程。麻純ちゃん、しっかり美鳥ちゃんの事調べてから来たんだね」
「間違ってたら後処理が面倒だから、下調べはちゃんとやる方なんだよ」

 いつもお喋りな美鳥ちゃんは引き攣った悲鳴を上げた。そういう恋愛相談紛いな事をしているが、結局全ては彼女ではなく、彼女に相談して来た人間の責任であり、麻純ちゃんもそれを分かっているはずだ。では、何故美鳥ちゃんを捜していたのだろうか。

「あ、あたしにンな事言われても!花壇荒らしはアカンて小学生でも知っとるで、そんなん責任取れんわ!」
「あ?いや別に責任はどうでも・・・百合子は腹立ててるかもしれないけど、あたしはお前にどうこうしようとは思わないよ。ただ、百合子がお前の持ってる相談データ云々を訊きに来るだろうな、って忠告しに来ただけさ」
「えええ、それはそれでメッチャ恐いやんけ!」
「知るか。ま、所詮好きでも無い奴に追っ掛けされたってただただ目障りなだけだし、気持ちが悪いってのが本音だろうよ。実害が無いから黙ってただけでさ」
「モテる人の意見だねぇ、それ。でも、見ず知らずの人に追っ掛けとかやられたら、確かに気味が悪いかも」

 そもそも知らない人間に話し掛けられた事すら数える程しか無いので、美人枠に入る百合子ちゃんや麻純ちゃんの気持ちは端的に言ってあまり理解出来るものではない。好意を寄せられて、気持ち悪いと感じる機会がそもそも無いのだから。
 しかし、恋愛相談を受け、あまつさえ校内にカップルを製造しまくる美鳥ちゃんはその意見に少しばかり顔をしかめた。

「人の気持ちをキモイて一蹴すんのはどうかと思うで・・・少なくとも、恋しとる方は必死なんやから」
「あのな。一人や二人なら容認出来るんだよ。何十人も来られてみろ。動物園のパンダかよ、って気分になるぞ。まあ、お前はその心配、無さそうだけどぉ?」
「うぐぐぐ・・・自覚のある美人・・・性格悪いけど」
「そうだよ?あたしは、あたしに無償で愛を注いでくれる馬鹿男が大好きさ、ちなみにね」

 ニタァ、と嗤った顔でさえ嵌る。麻純ちゃんは自らの美貌を完全に価値化し、寸分違わずその価値を理解している人だ。であるからこそ、芸術的な美しさを持っているのかもしれない。それはまるで、美術館の美麗な置物のように。