12.
「さあ、さっさと終わらせて解散しないと。珠代ちゃんが弓道部へ行く時間が無くなっちゃうからね」
先程までの不機嫌さはどこへやら。話が終わった事で肩の荷が下りたらしい壱花は活き活きとしていた。羽多野とは険悪な雰囲気を醸し出していたが、言う程不仲ではないらしい。或いは友人であるが故の気安さ、だったのかもしれない。
さっきの話と合わせて、再び微妙な空気が流れた部室について、今度は壱花ですらコメントしなかった。
「壱花先輩、この後用事が出来ちゃいましたか?」
「え、何で?」
「急いでいるみたいなので」
由衣の問いに対し、壱花は別に、と首を横に振った。
「いや、別に用事はないけどそろそろ終わらせようよ。いつまでも報告書やってるわけにもいかないし・・・え。何か変な事言ってるかな、私」
「いいえ・・・あの、壱花先輩はもうそれで良いと思います、はい」
「え、なになに?引っ掛かるなあ、その言い方・・・」
怪訝そうな顔をする壱花。そんなの見えていないとばかりにいつも通りの胡散臭い笑みを浮かべた上鶴が口を挟む。
「葉木ちゃん、報告書終わったら帰ると?」
「か、帰るよ?だって他にやること無いし。あれ、私が出てる間に何かあったの?試されてる感あるんだけど・・・」
「俺は3時過ぎまで部活やけん」
「そうなんだ。じゃあ、清澄くんはまだ一時家に帰れないね」
言いながらも、壱花はパソコンの方に意識を集中し始めているようだった。その行動そのものには何も問題はない。問題なのは、全く手伝う気が無いのに部室に留まっている上鶴の方だ。
――が、今までは「何でコイツいつまでも部活にいるんだろう?」、としか思わなかったのに、先の話のせいで見方が変わった。こいつはやることが無いからここにいるのではなく、ここにいたいからいるのだ。
「待っとって?」
「・・・えっと?それは私に言ってるの、清澄くん?」
「うん。暇、つってたやん。葉木ルームにおってよ、休憩しに行くから」
「ええ・・・今まだ、11時だよ・・・。まあ、そんなに言うなら待つけど」
由衣の、そして上鶴の気持ちを理解した。今この瞬間に。今壱花に言いたい事はきっと同じだ。もう少し嬉しそうに了承しろよ、仮にも毎日好きだ好きだと愛を叫んでいるんじゃないのか、壱花。