Ep7

11.


「じゃあ、どういう事だって言うのよ!壱花をからかって遊んでるんでしょ!?」
「あー、陸部のヤバイ話に基づいてそう言っとるとやろうけど、正直、女の子で遊んでるような奴はおらんよ。ただ別れ際が最悪な奴が多いってだけで」
「陸部のヤバイ話はヤバイを通り越して、ぶっちゃけゾッとするわ!それより、ちゃんと私を納得させられないのなら、もう壱花はクラスに呼ばないから――」

 あーあー分かった、と酷く投げやりに上鶴は言葉を遮り、そして盛大な溜息を吐いた後、見た事も無いひょうな無表情でポツリとこう溢した。

「俺が葉木ちゃんを好きじゃないんじゃなくて、葉木ちゃんが俺の事なんか好きじゃなかとさ。それだけ」

 ――言われた言葉の理解が遅れた。しかし、一拍おいてじわじわと水が地面に浸透して行くように言葉を理解する。
 追随するように由衣が「ですよね」、と溜息を吐いた。

「あれだけ明け透けな態度を取っているのにも関わらず、壱花先輩って何ていうんだろ・・・恋する乙女特有の必死さがないですよね。今のまま、上鶴先輩と壱花先輩が仮に付き合ったとしても一月を待たずに別れちゃいますよ」
「そう見える?俺もそっち系はよう分からんし、兼山さんってそのあたり頼りになるね」
「上鶴先輩、付き合った女子生徒から『アイツヤバイ』ってよく言われてますけど、今度は先輩の方がヤバい生徒に引っ掛かりましたね。因果応報、ってやつですか?」
「頭が可笑しい奴同士、釣り合いが取れてるとは思わん?」
「ちっとも思いませんけど」

 ちょっと、と珠代は口を挟んだ。あまりにも話の流れが早すぎて上手く付いて行けていないが、とにかくそれは自分の問いに対し、『そうです』と肯定の意を返した事になるのか。いや、文法的にはそうなるだろうが、落ち着き過ぎているというか、予想外というか――
 まあまあ、と由衣が宥めるように口を開いた。

「珠代先輩、ちょっと心配し過ぎですって。確かに壱花先輩は頼りないって言うか、ちょいちょいブッ飛んだ事やらかしますけど、今回ばかりはそんな悪い事にはならないと思いますよ」
「ちょっと待って・・・上鶴くんの言いたい事は分かった。あなたの口からは聞く事の無いような言葉が聞けたと思うわ。けれど、それが正解だとして、だったら壱花はあなたの事をどう思っているの・・・?あんなに懐いているのに、本当は嫌いな相手なの・・・?」
「何で好きか嫌いの二択しか無かと?」
「観察対象、じゃないでしょうか。根っからの文化部の壱花先輩が、運動部の身近な人に興味を持った、とか。まあ、壱花先輩の考えている事を完全に理解するなんて宇宙人じゃないと無理かもしれませんけど」

 分からない。上鶴の考えている事の方が分からないと思っていたが、それは間違いだった。彼はこの上無く普通に青春を謳歌している高校生だ。ちょっと空恐ろしい事をやらかしている前歴があるが、今は高校時代を命一杯生きている。
 分からない。では友人の壱花はどうか。知り合ったのは2年の最後、部活に入部してからだが1年以上も友人だったはずだ。なのに、彼女の考えている事の片鱗すら理解出来ないし、読み取る事も出来ない。まったく別次元の存在を相手にしているような、或いは水の中と外で話をしているような噛み合わない感じ。
 カチリ、静まり返った教室に時計の針が動く音だけが響いた――

「ただいまー・・・え、どうしたのこの空気」

 壱花が部室を出てきっかり5分。きょとんとした渦中の人物はまさか自分の話で盛り上がっていたとも知らず、立ち上がって放置されたままのノートパソコンの前に陣取った。