10.
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葉木壱花が友達だか何だかよく分からない不審者に攫われてしまった為、再び部室には険悪な雰囲気が満ちていた。壱花の手前、一度は怒りの矛先を納めたが、彼女がいない今、それを追求しない手は無い。
そんな雰囲気に気付いたのか、上鶴があからさまに面倒臭そうな顔をした。本当ならその態度さえ繕ってみせるくせに、都合の良い時にだけ態度に出してアピールしてくるのも大概腹が立つ。
そんな珠代が口を開くよりも早く、うんざりした調子の由衣が口を開いた。
「――それで、先輩達は何をそんなに酷い空気出してたんですか?」
「別に俺は何とも思っとらんよ。仙波さんに聞かんね」
「何?説明の放棄?あなた、本当にありとあらゆる意味でブレないわよね」
それが皮切りになった。
面倒臭そうな顔すらも消した上鶴がとうとう眉間に皺を寄せる。面倒くささを通り越して怒りを覚え始めたのは明白だ。
「まあまあ、落ち着いて下さいって。5分で帰って来るんですよ、壱花先輩。その前に解決してしまいましょう。喧嘩する為に集まったわけじゃないですし・・・」
「本当に5分で帰るのかしら?随分と仲良さそうだったけれど」
「帰って来ますよ。あの手のタイプは時間にルーズと見せ掛けて、1秒の遅刻も赦さないタイプです、珠代先輩」
「うわ、吃驚する程面倒な奴ね・・・」
ギロリ、そんな効果音が聞こえてくる程に強く、珠代は上鶴を睨み付ける。思えば、先日からの彼の思わせぶりな態度が怒りに拍車を掛けるのだ。優柔不断にして、あの陸上部所属の生徒。珠代自身も恋愛に現を抜かした事は無いにせよ、陸上部だという時点ですでに壱花には荷が重いと常々思っていたのだ。
浮竹聡から始まる陸部の浮いた話は浮いていると同時、浮かび上がった所で地面に叩き付けられるようなゾッとする話が多い。中にはまともな感性の生徒もいるのだろが、目の前の彼がそうであるとは到底思えなかった。
「仙波さんは俺に何ば聞きたかとさ。そもそも、朝会った時からもうこの調子やったやん」
「だから、あなた、本当は壱花の事好きでしょう?」
「・・・そんな事言ったら、俺は部員のみんな大好きよ。ホント」
「そういう事じゃ無くて!」
へら、と笑うその顔にすら殺意が湧いてくる。
一方で由衣の方は上鶴に何故か同情のような目を向けた。何故だろう、分が悪いような気がする。
「あー、うっすら事情を理解してきましたよ・・・。恋愛経験無さそうな珠代先輩には事態の把握が厳しいかもしれません・・・」
「ど、どういう事よ・・・」
「今、あたしの脳内には上鶴先輩の答えが2パターンあります」
「うわ、兼山さんってそういう、女の勘みたいなんよう当たるよね」
「いえ、勘と言うより経験に基づく結論みたいなものです。本当に上鶴先輩がそう考えているのかはちょっと、断定出来ません」
時計を見る。すでに壱花が出て行ってから3分が経過していた。外から話し声は聞こえて来ないので少し離れた場所で話をしているのかもしれない。