Ep7

09.


「お邪魔します、じゃない、帰れ」

 思っていたより剣呑な声が出たせいか、シン、と周囲が静まり返った。ただ一人、羽多野くんだけはケタケタと特に面白くも可笑しくも無さそうに白々しい笑い声を上げていたが。
 やや長めの髪にインテリ系の顔立ち。無駄なものがあまり付いていないその顔には笑みを浮かべているが、私は一度だって彼が楽しそうに笑っているところなど目撃した事が無い。この人、一体何を楽しみに人生を生きているのだろうか――

「失礼な事を考えていますね?そうなんでしょう!?ああ、相変わらず私のお友達は冷たい!」
「うるさい・・・目の前にいるんだから、もっと静かに話してよ・・・」
「おや!それはどうもすいません。ところで、今日は休日ですね」
「世間話をしに来たのなら、忙しいから帰ってくれる?ハウス」

 いつもはそうではないのに、『羽多野光春』と話をしていると頭が痛くなってくる。それは冷たい場所からいきなり温かい場所へ移動した時の感覚によく似ていると思う。
 壱花、と珠代ちゃんの訝しげな声が響いた。

「この人は誰なの?心研部の関係者?」
「いや、1組の羽多野くん・・・。心研部には全く関係無いよ。私に用事があるんだと思うけど、勿体振って教えてくれないし・・・」
「ふぅん、1組ね。あの天才堅物クラスにこんな際物がいたとは思わなかったわ」

 珠代ちゃんの棘のある言葉に対し、羽多野くんはやはり胡散臭い笑みを手向けた。何か会話をしようとしたのか、羽多野くんが口を開きかけたので慌ててそれを遮る。彼は喋り始めたら延々と喋り倒すので面倒だ。

「何の用事なの。忙しいって言ってるでしょ」
「いえ、先日決めた事を聞こうと思いまして。だって貴方達に計画立て頼んだらいつも滅茶苦茶にするでしょう?アホな事を言い出す前に修正案を作ろうかと」
「喧嘩を売っているのかな。百合子ちゃんがいたんだから、そんな事になるわけないでしょ」
「何気に彼女が一番心配なんですよ。では、5分程、借りていきますよ」

 さり気なく羽多野くんが背に腕を回す。そのままやんわりと部室の外へ連れ出された。5分で終わると言うので、やはり5分で開放されるのだろう。
 バタン、と部室のドアを閉め、ずっと前から気になっていた事を聞いてみる。

「ねぇ。何でLINEで聞かなかったの?」

 その問いに対し、羽多野くんは人差し指を口に当てこう答えた。

「携帯端末での長文のやり取りは嫌いだからです。面倒じゃないですか、いちいちあの小さな吹き出しの中に文字を打つの」
「それはLINEの構造を根本から間違って理解しているし、あとさ、今日が土曜日だって知ってたのにどうして学校へ来たの・・・」
「たまに平日と休日を間違って学校に来ませんか?」
「来ないよ」

 ぶん殴ってやろうかと思った。