08.
再び気まずい沈黙が場に満ちる。渦中の人物である清澄くんもさすがにその笑みを引っ込めた。代わり、とてつもなく面倒臭そうな顔をしている。当然の反応ではあるが、もっと取り繕って欲しい。これでは火に油だ。
落ち着いてください、そう言って中腰のまま果敢にも珠代ちゃんの方を何とか宥めようとしたのは由衣ちゃんだった。彼女、ちょいちょい肝が据わっている。
「えーっと、順を追ってあたし達がいなかった間に何があったのか話してくださいね〜。あたしも、壱花先輩もちゃーんと聞きますから」
「私を何歳児だと思ってるのよ。別に、喧嘩なんかしてないって言ってるでしょ」
「なら穏やかにしてくれんかな。仙波さん、感情が顔と態度に出すぎさね」
「は!?」
清澄くんの不用意な言葉によって再び臨戦態勢に入る珠代ちゃん。もうこれは煽っているとしか思えないし、事実そうだったのだろう。清澄くんの目はちっとも笑っていない、本格的にまずい事態になっているような。
嫌になっちゃうなあ、そろそろ報告書やらないと午前中はただ駄弁ってただけになってしまいかねない。午後からは部活組もいる事だし、出来れば早く仕上げて解散したのが本音だ。
なので、とにかく原因を聞き出して主に珠代ちゃんの怒りを鎮めなければ。
「清澄くん、珠代ちゃんに何を――」
コンコン、と静かなノックの音が部室に響いた。
やんややんやと揉めに揉めていた珠代ちゃんと由衣ちゃんの声もピタリと止まる。当然、私も唐突な来訪者に背筋を伸ばした。
平日ならばともかく、今日は休日。心研部の部室に用が有る人間なんてそうそういないはずだ。では誰が尋ねて来たと言うのか。咄嗟に思いつく人物はいない。休日に学校にいそうな心研部のメンバーはほぼここにいる。
「だ、誰だろ・・・ちょっと見て来るね」
「気を付けなさいよ、壱花」
「ちょっと、脅かさないでよ!」
言いながらそーっと部室のドアを開ける。
そして、そのまま私はドアを閉めた。
「・・・ちょっと、ちょっと壱花。誰?何の用だったのよ」
「悪戯だったみたい」
「え、何それそっちの方が恐くないですか?誰だったんですか?」
「知らない人」
「不審者?誰か教師に伝えた方がよかかな?」
「いや、生徒だから良いと思う」
私の要領を得ない説明に全員の視線が集まる。勿体振っていないで教えろ、と聞くまでもなくそう思われていると気付いてしまい、肩を竦めた。
しかし、その肩を竦めた背後でそろーっとドアが開いたのを、結局は全員が目撃していた。
「お邪魔します!」
嫌に高いテンションでドアを開け放ち、件の人物が勝手に部室へ入ってくる。当然、周りのみんなは誰だ、という顔をしたが私はそれが誰なのかよくよく知っていた。
彼の名前は羽多野光春。先日、一人だけ用事があるとか言って集まった時に顔を出さなかった最後の一人である。