01.
その悲劇は部長のLINEメッセージから始まった。
『ごめん、僕ちょっと2週間程、部室にいないから鹿目くんに今月の報告書を頼んでいいかな?』
一見すると何の変哲も無い、極稀に起こりうる部長不在のメッセージ。だが、副部長である鹿目くんがそれに対しイエス以外の返事をしたのは恐らく部活起ち上げからおよそ初めての状況だっただろう。
『すまない、俺も君がいないのなら文化部関係の会議に出席しなければならない。最古参の葉木に譲っていいだろうか』
――まずい。
話の流れが悪い。何か用事はなかったか、とスケジュール帳を開いてみるも当然インドア派のスケジュール帳に友達とお洒落なレストランへ行くだの、新しく出来たテーマパークへ行くだのの予定は一つたりとも入っていなかった。
泣く泣く、「了解」、と送ったLINE。本心では何も了解していないが誰も報告書の書き方を知らないだろうし、私の元にその大役が回ってくるのは最早必然。今月の報告書くらいならば出そう、仕方無い。
『来週には提出だから、よろしく頼むよ』
***
翌日、学校は全休であるはずの土曜日。私は土日になど近寄るはずのない心研部の部室に来ていた。現在の時刻、午前10時過ぎ。心強い味方として珠代ちゃんと由衣ちゃん、そして何と清澄くんがいるのだ。
それだけで今日学校へ来てよかったと思う反面、報告書を仕上げるという面倒事で今にも逃げ帰りたい気持ちもある。
「そういえば清澄くん、部活は良かったの?」
「昼からさね。やけん、朝のうちにその報告書は終わらせたかとさ」
「そうよ、壱花。私も本当は今の時間、部活なんだから。あなた一人に任せるわけにはいかないから、部長に委託して来たけれど」
「先輩先輩!あたしはちゃーんと、壱花先輩のお手伝いのつもりで来ましたよ!」
――みんな・・・優しいっ!
などと思えるはずが無かった。由衣ちゃん以外、全員部活のついでだし、珠代ちゃんに至っては副部長なのだからこちらの心配はせず、弓道部の方へ戻って欲しい。有能な副部長様を延々と借り続けるのは大変忍びない。
「・・・まあ、ぼちぼち始めようか。私も休みは休みって事でゆっくり過ごしたいし」
ノートパソコンを立ち上げる。そういえば、部活起ち上げ当初は月原くんと交代で報告書を書いていた時代が、確かにあったような。
身体はこの古びたパソコンの使い方を覚えているらしく、まだ起動していないパソコンを尻目に、淡々とデジカメの電源も入れる。特に意識した行動では無く、身体に染みついているような。無意識下の行動。人間とは実に便利な生き物だ。
「手慣れてますよね、壱花先輩。あ!まさか、昔やった事あるとか?」
「うん。そういえば、部員が揃う前までは私も報告書やってたよ。鹿目くんが来てから月原くんと鹿目くんで交代するようになったみたいだけど」
「そういえば、先輩方ってどういう順番で入って来たんです?心研部ってあまり歴史のある部じゃないですよね」
由衣ちゃんの問い掛けに対し、一瞬だけ周囲が静まり返った。誰から入ったのか考えているらしい。うちの部は言っちゃ何だけれど生い立ちが特殊なので春の新入生が大量に部を探し、入部する時期に全員が入って来たわけではないからだ。
「最初に部にいたのは私と月原くんだけだったよ。まあ、部員は5人以上いないといけないから、仮部って感じだったけどね」
「仮部?」
「部活作成の許可証は貰ってるけど、人数が足りないから、人数が揃い次第部活として認められるよっていう」