夏休み企画

15.


「・・・あれ?」

 鏡を眺めているとふと気になるものがあった。目を細めたりしてどうにかそれが何なのか確認しようとするが、当然鏡に写り込んだものなのでそう上手くはいかない。何だろう、揺れている?動いているような気がする――

「ヒッ!?」

 恐怖という状態が生み出した、一種の幻覚のようなものだったのかもしれない。しかし、それは確かに手のようなもので私に向かって手招きしているように見えた。それに、心なしか段々近付いて来ているような。顔らしきものがはっきり目視出来てしまい、息を呑む。
 ――と、トイレからガタンという音が聞こえた。

「先輩?どうしたんですか、プールで3時間泳いだ後みたいな顔色ですけど・・・?」
「何よその例え・・・。それが、ちょっと・・・」

 トイレから出て来た由衣。彼女は手を洗いながらキョトンとした顔をしている。本当は私より怖がりな彼女に話すべきではない、と分かっているのだが動き出した口は止まらなかった。一人で今の出来事を抱え込む殊勝な精神など無かったのだ。
 話を聞いた由衣は当然顔を青くした。プール3時間を通り越して水死体のような顔色である。ああ、やっぱり話すべきではなかった。

「ああ、えっと、う、うそ・・・!戻りましょう、先輩!あ・・・腰抜けた・・・」
「実際に見たわけでもないのに!?」
「うう、それで、その、例のアレはどこへ行ったんですか・・・?まさか、まだいたり・・・」
「え、分からないわよ。あたしだってさすがに怖くて確認出来ないわ」
「ええええ!?どどど、どうするんですか!?鏡に写ってたって事は、私達、部長達の元へ戻れませんよぅ!」

 パタパタパタ、軽い足音が鼓膜を叩いた。一人で騒いでいる由衣は気付いていない。彼女にその事実を伝えるより早く、入り口から月原くんが顔を覗かせた。

「大丈夫かい?何だかすすり泣きみたいな声が聞こえてきたんだけど」
「・・・丁度良いわ。ちょっと色々あって由衣の腰が抜けちゃったから、支えるのを手伝ってくれるかしら」
「色々?楽しそうな事になっているね」

 部長は楽しげだ。そりゃそうだろう。この状況下ですすり泣きなんて如何にもな声を聞いておきながら嬉々として駆け付ける程だ。彼の心臓は剛毛で覆われているに違い無い。
 ややあって須藤くんもまた顔を覗かせた。女子トイレってこうなってるんだ、と場違いも甚だしいコメントに返事するのでさえ面倒になって溜息を吐く。

「うーん、あと1階が残っているけれどここで僕達の班は打ち止めかなあ。多分、もうそろそろ他の所も戻って来ているだろうからね」
「仕方無いね。ところで兼山さんは何をそんなに怖がったの?ふふ、ぜひ俺にも聞かせて欲しいなぁ」
「いや、私は何も見てなくて、見たのは珠代先輩なんですけど・・・」

 話すのは構わないが、ここを出てからにしよう、そう提案して私はさっさと懐中電灯で廊下を照らした。当然ながら、アレは影も形もない。それに安堵しながら、しかし歩く速さを緩めること無くスタート地点を目指した。