夏休み企画

11.


 さて、問題の葉木ルームに到着した。まずは葉木壱花という人物についておさらいしておいた方が良いだろう。
 彼女の功績はそれはそれは素晴らしいものだ。
 筆頭すべきがこの葉木ルームである。空き教室を大量に作り出す、節約症の校長からもぎ取ったこの部屋は最早彼女の私室と化している。学校に生徒の私室――実に優雅な響きだ。
 そして第二に、彼女はこの学校に4人しかいない電波四天王の1人である。大変失礼な称号とクソみたいなネーミングセンスだが、全校生徒309人中のたった4人が1人。話が通じない者、確率大好き賽子不良に植物と会話出来る園芸部部長、そして水星語を理解するとか囁かれている葉木。もうこの紹介を聞いただけでお腹いっぱいにすらなってくる。

「・・・あまり触れなかったが、うちの部にもいたんだな。四天王」
「四天王って響きが嫌っすよね。4人組なら何でもかんでも四天王にしちゃう高2病ってやつっすか?」
「少し変わっている生徒であるのは確かだけどな」

 ぶーぶー文句を言う光に対し、そうコメントすればやはり彼は不満そうだった。何故そうも『四天王』とかいう口にするのもどことなく憚られる単語に執着するのか。
 そうこうしているうちに鹿目が部屋の戸を開け放つ。元は空き教室なだけあって、鍵という概念すら存在していなかった。物とか盗られたりしないのだろうか。
 一歩中に足を踏み入れて絶句する。
 作業スペースと思わしき教室の前の方には大きな白いキャンバスが手つかずのまま放置されており、作業用の大きな8人掛け机の上には絵の具のチューブと筆、パレットが置いたままになっている。この時点でかなり散らかっているが、教室の後ろはさらに凄い。ずらり、並んだ水槽水槽、水槽。うち1つはフィルターが掛かっており、色取り取りのグッピーが優雅に泳いでいる。その他には生体が入っていないのだろう。水草と土が良い感じにセッティングされている。テラリウム、とかそういった類のインテリアだ。
 更に空きスペースには大量の瓶。何故かは分からないが旧くなった窓硝子も置いてある。
 そんな硝子類が立て掛けてある直ぐ傍。何故か硝子の破片が散乱しており、大変危険な状態だ。シューズで踏もうものなら怪我は免れないだろう。

「これは・・・凄いな。学校の教室をここまで私物化している生徒には会った事が無い」
「やりましたね、恭平先輩!初対面じゃないっすか!」

 この状態から察するに、とカメラのシャッターを切っていた鹿目が冷静な口調で言葉を紡いだ。

「何やら彼女は『水』が好きだという情報が出回っているが、正確には『透明な物』が好きなのではないだろうか。まあ、硝子を粉々にする理由は分からないけれどね」
「粉々にしたんじゃなくて、うっかり割ってしまったんじゃないのか?」
「その可能性は低いな。瓶は横倒しになったくらいでは粉々になったりはしないし、散らばっている破片は全て同じガラス片ではない。意図的にこの位置に硝子を投げつけたんだろう」
「素晴らしい考察だな」
「誉められるような事じゃないさ。このくらいやらないと、うちの部はただでさえ風当たりが強いからね」

 運動部が主体の高校だ。文化部の、それも何の功績も残せないタイプの部へ風当たりが強いのは最早必然である。教頭は特にそういう部を毛嫌いしており、隙あらば潰してしまおうという魂胆だし。
 じゃり、と鹿目がさらに足を一歩踏み出した。言うまでも無いが教室の後方には硝子が散らばっている。下手に歩くのは得策ではないだろう。

「危ないっすよ、鹿目先輩」
「ああいや、入るつもりは無かったんだが・・・ちょっとそこのロッカーが開いているのが気になってね。閉めてくるよ。盗難防止だ」
「盗難も何も、こんな意味不明で不気味な部屋に入る奴なんてそうそういないと思うっす・・・」

 果敢にも危険区域に足を踏み入れる鹿目。しかし、その足は教室の真ん中辺りでぴたりと止まった。