第5話
「では、俺の番だな。体験談だからか怖さに欠ける話ではあるが」
5話目、鹿目徳仁。彼の視線は蝋燭に向けられており、無表情なその顔からは何を考えているのか推し量る事が出来ない。
「中学生の頃の話だ。家を建てる前だったが、俺とその家族は小さなアパートに住んでいた。勿論、家族で住むのにはすぐ狭くなった為、勢いで家を買う事になったが。
ところで、俺には妹が一人いるわけなんだが、狭い家だからな、俺と妹は同室だった。机は別々にあるし、ベッドも別々だが同じ個室。よくあるだろう?ベッドと机が一緒になっているあの家具。あれの範囲が自分のプライベートスペースというわけだ。
引っ越してから数ヶ月経った頃、ある日妹が夜中にいきなり部屋の電気を点け、寝ていた俺を叩き起こしてこう言ったんだ。『ちょっと、煩いから静かにして』、と。俺は眠っていたし、寝言を言う程深く眠っていたわけではないから、そう教えたが妹は頑として俺が煩かったから眠れないのだと譲らなかった。
結果的に言えば妹が煩いと目を醒まし、俺を叩き起こしたのはその後数回に及んだ。さすがにほぼ毎日起こされては堪らないので、自分が何か煩くするような事をしていないか、録音する事にしたが、成果は上がらなかった。妹にそれを順序立てて説明したが信じてもらえなかっな、実に心外だ。
だが、俺が原因でないとすれば別に何か煩い理由があるのだろう。そう考えた妹は疲れ切った俺にこう提案した。『ちょっとベッドの場所交代してみない?』と。もうそれで夜中に起こされないのならその方が良いと思って、妹のベッドと位置を交代したんだ。
その夜、これでやっと静かに眠れると思った矢先だ。
ガリガリガリガリ。何だろうな、何かを引っ掻くような音が聞こえてきた。夜中の2時くらいだろうか。それは天井から聞こえてきているようでもあるし、壁から聞こえてきているようでもあった。続いて、話し声。女だか男だか、子供だか大人だかも分からない不思議な声だ。たぶん妹が煩いと言っていたのはこれだろうが、明らかに俺が発している音じゃない。俺は暫くその音を聞いていたが、気付けば4時で朝日が昇りつつある時間になっていた。
その日の朝のうちに大家に苦情を言いに行ったよ。あまりにも煩すぎるし、壁を引っ掻くのは隣人のマナー違反だ、と。大家は変な顔をしてこう言ったよ。『鹿目さんの部屋の隣は、空き部屋なんだけれどね』」
ふっ、と蝋燭の火が消えた。一番に悲鳴を上げたのは光である。
「ちょ、家の中系とか!反則っす!!」
「ホント止めて欲しか・・・寮生に対する当て付けやろ・・・」
震えている2人を尻目に、月原は持った蝋燭でそのにこやかな顔を照らし出して言った。
「君達は本当に怖がりだね。ああでも、寮も――」
「よか!話さんでよかけん!!」
「随分暗くなってきたわね。やっぱり部室棟って窓も少ないし、こういう事やりやすいのかしら」
蝋燭の数が減った為、室内は大変暗い。
あ、そうだ、と葉木がふと呟いた。
「ここは部の古参として私が注意しておこうかな、鹿目くん」
「ん?家の話は禁止だっただろうか?」
「いや。たださっきの話、ちょっと穿った見方をするとさ――その話し声って、隣の部屋じゃなくて、鹿目くんの部屋の中から聞こえてきたものだったりして、ね?だって幽霊なんて基本は『みえない』ものなんだから。音が聞こえだした時期も怪しいし」