06.
適当な絵の具を着けた筆でぐちゃぐちゃと書いたが誰も文句は言わなかった。仕方無い、美術部なのだから周囲に書けるものが溢れかえっているのだ。どれを使おうと同じだろう。
「ご協力有り難うございました!ところで壱花先輩はこの後も部屋に籠もって絵を描くんですか?もう帰るなら一緒に帰りましょうよ!」
「えぇ・・・どうしようかな。これ明日まで持ち越して終わるかなあ・・・」
終わるだろう、そう言ったのは鹿目くんだった。淡々と絵の進み具合を確認した彼はもう一度頷く。
「葉木、君が明日にでも集中して取り組めば1時間半くらいで作業を終える事が出来る。まあ、俺はこの絵にあと色を着けるだけで完成だと思っているから他に作業があるのなら分からないが」
「えー、マジかー・・・。鹿目くんがそう言うなら多分終わるだろうから、じゃあ、帰ろうかなあ・・・」
ちら、と運動場を見やる。勿論、練習風景はよく見えないが陸上部のものと思わしき掛け声が聞こえて来るのでまだまだ練習するのだろう。待っているより帰った方が良いかもしれない。清澄くんとは何の約束もしていないから入れ違う可能性の方が高いだろうし。
よし、帰ろう。もうぶっちゃけ疲れてぐったりだ。
「分かった。じゃあ帰ろうか、由衣ちゃん」
「やったー!先輩と帰るの、久しぶりですよねっ!」
「そうだねえ。あ、鹿目くんはもう帰るのかな?」
いいや、鹿目くんは首を横に振った。私の質問に明確且つ的確に答えた彼は逆にこう問いかけてくる。
「月原はこの時間、学校にまだいるだろうか?このアンケート用紙を渡して来なければならないんだが」
「月原くん?部室にいるんじゃない?」
「えっ、でも今日、部会とかありませんでしたよ!」
「月原くんは部室の妖精みたいな存在だから・・・」
「いやいや、何言ってるんですか先輩!」
もっともな反応だがそうとしか言えないし。
由衣ちゃんとは裏腹に、鹿目くんはそれで納得したらしい。分かった、と簡潔極まりない返事をするとさっさと教室を出て行った。
「ああ、行っちゃったね。鹿目くんの事、待ってた方が良いのかなあ?ああでも、そろそろ月原くんも帰るだろうしみんなで帰った方が・・・」
「それはいいですけど、先輩。帰る時って運動場脇通りますよ」
「え?そうだね。え、え?なになに?何か分かりきった事を訊かれると恐いじゃん!」
「・・・いえ。さっ、帰りましょう!夜道に女の子だけで歩くのって危ないんですからね!」
結局由衣ちゃんは何が言いたかったのだろうか。
芳垣くんより多少は頭の良い彼女の事だ、何かしらあの辺の怪談でも思い出したのかもしれない。