04.
2分ほど色々考えた雄崎くんはしかし、眉間に皺を寄せてこう訊ねてきた。人にものを尋ねる態度ではないが、いい加減作業に戻りたいので気付かないふりをする。
「あー、その、お前のこの私室は・・・先生方に何て交渉して手に入れたんだ?そのだな、実はうちの部には女子部員が2人いるんだが、部室は1つしかなくていつも不便な思いをさせている。出来ればもう一部屋欲しいんだが、教頭が首を縦に振ってくれなくてな。けれど、お前は自分の部屋を持っているだろう?」
――成る程。
そう、サッカー部には3年が1人、1年が1人、合計2名の女子部員がいる。彼女達は当然試合に出られないのだが歴としたサッカー部部員であり、男女共同の部活には部室が2つ与えられるというルールがある。それが適用されていないのだから教頭に文句を言いまくれ、と言いたいところだがこの様子だと何度も申請したのだろう。
私が個室を手に入れた時はどうしただろうか。いや、すでに顧問の先生が用意してくれていて部屋を移れと言われた気がする。ただ、そうなる切っ掛けは――
「そうだなあ、まずはサッカー部の部室の窓を全部粉砕して・・・」
「は!?」
「ひたすら散らかして、散らかして、とんでもない落書きしちゃったりして、それで部室を水浸し、なんて事にしたらもう一部屋用意してくれるんじゃないかなあ」
「・・・ちょっと待て、どうしてそんな結論に至った?」
「私が個室を持っている理由は他の部員と共存出来ないからだよ、雄崎くん。なら女子部員は男子部員と一緒の部屋は使えないって事を証明すればいい。教頭先生の権限じゃ、基本的には廃部の決定は出来ないよ。最近は保護者もほら、モンスターみたいな人が多いからね。部活を退部させると何かと問題が起きるから、本人から辞めるって言い出さない限りはいきなり辞めさせたりはしないよ」
「共存、出来ない・・・?」
「油と水が絶対に混ざらないように、人間にだって相容れない人や物があるんだよ、雄崎くん。みんな仲良しは無理だよ。だってあなた達だってすでに性別の壁にぶつかってるでしょ。ま、部室棟で新しい部室をゲットするのは難しくないから大丈夫」
思い出す。基本的には人当たりの良い美術部員とはもう数週間単位で会っていない。顧問もこの部屋にはあまり近寄らないので完全に閉鎖空間だ。けれどそれでいい、それがいい。部屋を見れば分かるが、同じ部屋に他の人間がいれば何か触って怪我をしてしまうかもしれないし。
――「君はベタを飼った事がありますか?」
不意に記憶の断片が脳裏を過ぎった。飼った事があるか、って?無いよ、そんな気もしないし。だってアイツ等、水槽に1匹でしか入れられないし、空間が勿体ない。
「・・・そうか。なかなかハードルが高いな。運動部は厳しい。そんな事を提案して、部員が部活停止になるのも困る」
「やるかやらないかは自由だけど、私が個室を持っているのはそのせいだよ。先生が勝手にくれたものだから、これ以上はどうするとか言えないかな」
こんな正気の沙汰とは思えない方法を聞いて真面目に検討してくれるあたり、雄崎くんは重度のお人好しか或いは冗談が通じない人なのかもしれない。
分かった、と頷いた雄崎くんは軽く頭を下げるとつまらなさそうにしていた貴夫ちゃんに声を掛けた。
「分かった。参考にさせてもらう。作業中だったらしいな、悪い邪魔した」
「いいえ〜」
「じゃあね〜、いっちゃん。頑張って〜」
貴夫ちゃんに手を振り返した私は再び置いた筆を執った。