02.
少ない弁当を食べ終えた私は例の窓ガラスに近付いた。そういえば嵩張って邪魔だと思っていたんだ。よいしょ、と独り言のような掛け声を挙げてそれを持ち上げる。見た目に反して結構重い。
落とさないように注意しながら教室の真ん中くらいまで下がった。狙いを付ける。窓際、一番散らかっている一角へ。
「せぇぇぇいっ!!」
頭の上まで窓ガラスを持ち上げ、投げる。それは狙い通りロッカーにぶつかって粉々に砕け、床に落下してさらに粉々になった。光を受けたガラス片がキラキラと輝いて、いつかテレビで視たダイヤモンドダストみたいだ。
恍惚とした表情でそれを見ていると唐突に、それもかなりの勢いで部屋のドアが開け放たれた。ぎょっとしてそちらを見ると、目が合う。上鶴清澄と。そうだ、部活が始まっている時間ならば彼がここへサボりに来たって何らおかしい事は無い。
「え!?なんね、忙し過ぎて発狂でもしたとね、葉木ちゃん!?」
「・・・え?いや別に・・・いつもの事だし」
「いつも!?えらいバイオレンスやね・・・」
清澄くんは私と粉砕した窓ガラスを交互に見つめて変な顔をしている。
まあ、いつもは空瓶とかで済ませるので、少々大きな音がした事は認める。が、彼は何を慌てていると言うのか。
「清澄くんこそ、部活サボって平気なの?」
「いや〜・・・ちょっと今日は平気じゃなかとさ」
「・・・え。行こうよ部活に。何を平然とサボってるの!?」
「やらんばいかん、とは思うとけどそう思えば思う程やりたくなくなるとさね。急げ、って言われたらゆっくりしてしまうやろ?」
「しないよ!頑張ろうよ清澄くん!というか、それは〆切まで必死こいて絵を描いている私への当て付けかな!?」
というか、いつもは歓迎するのだけれど今日だけは頼むから帰って欲しい。本棟に〆切に間に合わなくなるし、何より筆を持ち直すタイミングを完全に見失った。いつもは勝手に寛いでいるくせに、何でこういう日に限って執拗に話し掛けてくるんだろう。
と考えているうちに一瞬だけ会話が途切れる。我に返って筆をむんず、と掴んだ。
「葉木ちゃんもちょっと休憩すれば?鈴島から聞いたけど、今日はホームルーム以外ずっと部屋に籠もりきりやったって言っとったよ?」
――うるせぇぇぇ!絵を!描くんじゃああああ!!
心中で絶叫する。が、その全てを私は笑顔で包み隠した。ダメダメ、こんな乙女にあるまじき野太い絶叫なんて清澄くんに聞かせたら明日からマジで遊びに来なくなる。
しかし、こんな絶妙な空気の教室へ踏み入る猛者がもう一人。
「壱花、入るで!ここに上鶴来とるやろ!?」
クラスメイトにして恋愛相談役、今や密かにその界隈から恋愛マスターと名高い評価を受けている私の友達――鈴島美鳥が唐突に登場した。