06.
***
放課後。日が高いので真昼ような感覚が抜けきらない。
今から部活なのだが、その前にどうしても寄りたい場所がある。
「失礼しまーす。葉木せんぱーい、いないんすかー?」
――葉木壱花の専用部屋、通称葉木ルーム。
昼休みに聞いた例のゆるキャラがどうしても頭から離れず、あわよくばそのスケッチブックとやらを見せてもらおうと思ったのだ。まだ出会ってもいないゆるキャラに対する中毒性。恐ろしい。
一応声を掛けてみたが返事は無い。悪いとは思いつつも戸をそっと開けてみた。
まず目に入ったのは大量の水が入ったそこそこの大きさがある水槽。ロッカーの上に並べられているが、そのロッカー付近の床にはキラキラ輝くガラスの破片が散らばっている。どうしてだろう、床が水浸しだ――
「ひぃっ!?何やってんすか、先輩!」
水浸しの先。緑色のホースを発見して更にそれを辿ればかなり大きなサイズの水槽を発見した。床に直接おかれているそれは水がなみなみと入っているというか、人が浸かっている。誰がって葉木先輩が。
制服は着たまま。さすがに全身が水に浸かる程大きな水槽ではないので、腰から上は水槽の枠からはみ出している。そうする事で頭の天辺まで浸かった彼女は水中眼鏡を掛け、ご丁寧にシュノーケルまで着けていた。うん、海か!何と声を掛ければ良いか迷っていると、葉木先輩と目が合った。少し驚いた顔をした先輩はようやく水槽から出て来る。いや、驚いてるのは普通に俺だよねって。
「あれ、どうしたの芳垣くん。何か用事?」
「・・・あの、用事はあるんすけど、一つだけ訊いていいっすか。それは何をしたかったんです?」
当然全身ずぶ濡れの彼女が歩いた所は小さな水溜まりになっている。顔に張り付いた髪を掻き分けた彼女は至極当然そうにこう答えた。
「何、って・・・。全然描く絵が決まらないから、ちょっと水の気持ちになって考えてたんだけど」
「意味わかんねぇぇぇ!!何すか水の気持ちって!それは人間に理解出来るものなんすか!?」
「うーん。悟り的なものが来てた気がするんだけど、やっぱり来てないよね。ああでも、水の中から見る教室の景色っていうのも風情があって良いから、それでも描こうか」
「そりゃ・・・水の中から教室なんて突拍子も無い事態には普通はならないっすけど・・・」
どっと疲れた。今までの先輩達の比では無い。こう、根刮ぎ気力を奪われていくような感覚。もうこれ以上こいつとは話をしても無駄だろうな、というある種悟ってしまうような電波感。
いやしかし、腐っても部の先輩。スケッチブック見せてくらいならもう一度声を掛ける勇気が出そうな気がする。そろっと先輩の様子を伺う。スカートの裾を雑巾搾りしていた。色々言いたい事はあるけれど、制服が伸びるので止めた方が良いのでは。