Ep1

13.


 突然だが。
 私は虫が嫌いだ。虫、と言うか足の本数が多い生き物が全て嫌いだ。許せるのは動物4本足までで、それ以上はどうしても生理的に無理。当然、足が8本もある蜘蛛など論外も良いところである。

「ええい、天誅ーッ!!」

 混乱した私はそれを振り払うべく、手刀を振り下ろす。強さの度合いで言うと、ソフトテニス部女子のサーブくらいの威力だろうか。

「わっ、止めとかんね!」

 ぱしっ、と軽い音を立てて振り下ろそうとした手刀が宙に縫い止められる。びくともしない。まさかの清澄くんによる裏切りに目を向けば彼は悟りを開いたかのような顔で首を横に振った。

「蜘蛛だって生きとるとよ。あと葉木ちゃんの顔はちょい怖すぎるごた・・・」
「うるせェェェ!!ああああ、蜘蛛がぁぁぁ!!」

 バタバタ暴れているうちに蜘蛛も「こいつぁヤベぇ」、と思ったのだろう。ぴょん、と足から飛び降りて跳ねながら逃げて行く。何だって言うんだ一体。
 なおも何か清澄くんが言っていたが、そんなものは頭に入って来なかった。
 だって私は見てしまった。
 待合室の片隅。そこに何か黒いものがうじゃうじゃ、うじゃうじゃと――

「ヒィ!?」
「あっ、ちょ、なん・・・!?え?え!?」

 頭の中で太い糸が切れる音がした。くるり、待合室にも清澄くんにも背を向けて走る走る。一拍遅れて清澄くんも走り出したのだろう、背後から大きめな足音が迫って来た。当然彼は陸上部なので易々と私に追い付くと余裕綽々の態度でこう問い掛ける。

「今度は何ね。あっ・・・まさか、お、おば・・・っ!?」
「いや・・・っ、ちが・・・!!」

 すでに息切れ気味の美術部私はぐんっ、と追い抜かされた事で焦りに焦った。異常な心理状態だったからかもしれないが、今ここで清澄くんに置いて行かれたら大変な事になるんじゃないのかと考えたからだ。
 そんな私の思いも虚しく、清澄くんとの差は開いていくばかりだ。というか、陸部本気こいて走りすぎだろアホか!

「ちょ・・・っと、待って・・・!」

 あ、これは駄目だ。追い付かないどころか引き離される。
 頭が急速に冷えていくような感覚。私はその足を止めた。蜘蛛とは別の恐怖を味わった事で冷静になったとも言える。うん、だって蜘蛛が人間を追い掛けて来るはずないもの。
 のろのろと歩きながら、小さくなっていく清澄くんの背に向かって手でメガホンを造る。何か途中から私より無我夢中で走って行ったが、そっちは出口じゃない。ついでに言うと須藤くん達が探索しているエリアに入ってしまうだろう。
 チャンスは1回限り。
 息を吸って、吐いて、もう一度大きく吸ってから大声を張り上げた。

「清澄くんッ!そっちは!!出口じゃ!!無いよッ!!」

 随分と小さくなってしまった清澄くんが立ち止まる。振り返ったのがうっすらと分かった。