Ep1

10.


 それでね、という有無を言わさないような月原くんの言葉で我に返る。ニコニコと笑うその顔は少しばかり意地悪だ。

「その廃墟なんだけれど、建った当初は小さな診療所だったんだ。小児科じゃないよ?診療所ね、診療所」
「うう、診療所、診療所・・・」
「怯えないでよ芳垣くん。で、診療所って言ったら小さな手術くらいするだろう?ある日、小さな女の子が腸関係の手術をする事になったんだけれどね、うっかり看護師が薬の投与量を間違って患者が死亡してしまったんだ」
「あはは、酷いうっかりだね」

 不自然に対する恐怖ではなく、人為的ミスというリアルな恐怖を一同が感じている中、須藤くんだけがそう言って笑った。いや笑い事じゃないぞ!一番その診療所とやらに運び込まれる可能性があるぞ分かってるのか運動部!

「ま、あとはお察しの通り。診療所なのに死亡患者を出してしまって診療所は潰れてしまったよ。出るのは少女の霊だね」
「事務的に話すなぁ、月原くん・・・」
「風情が出なくてごめんね?でもほら、部活動だから」

 あまり怖く話さなかったからか、芳垣くんが少しだけ落ち着いた。こうやって話の怖さにムラがあるのが部長だ。こうやって油断していると洒落にならないくらい怖い話をしてくるので要注意。
 話が終わると同時、その廃墟とやらに到着した。時間配分ぴったりである。

「ふぅん。結構物々しい雰囲気ね」
「怖いのかい、仙波さん」
「まさか」
「ふふ、そう言えば葉木さんが君が怖がっている顔が可愛いんだって、前言っていたよ」
「壱花ッ!!」
「ぎゃああ、ごめんごめん!!」

 須藤くんのカミングアウトに珠代ちゃんが目を剥いた。慌てて謝り倒す。女子中出身の珠代ちゃんは可愛いとか言われると妙に照れるのだ。が、代わりにカッコイイは割と許容してくれる。謎だ。
 とにかく、私は美鳥ちゃんのアドバイス通り清澄くんにべっとり粘着質に癒着しておこう。そうすれば単独行動に出た際、2人きりになれる確率がある。まあ、清澄くんは案外怖がりなところがあるのでそんな無茶に出る可能性はかなり低いだろうが。

「何ね?怖かと、葉木ちゃん」
「え?いや別に・・・」
「えっ」
「え?」

 あれ、何か会話が噛み合っていない。何故清澄くんは恐怖の有無を訊ねてきたのだろう。まさか心研部に所属していながらさっきの怖い話()を怖がるとでも思っているのだろうか。心外である。

「はいはい、いいから行くっすよ!アンタ等本当にコミュニケーション能力低いっすよね!」
「あははは、言い過ぎじゃないかな、芳垣。まあ、清澄も葉木さんもちょっと変わったところがあるのは確かだけれど」
「無駄口叩いていると置いて行くわよ」

 ぞろぞろと中へ入る。そういえば今まで廃墟探索だなんて一歩間違えれば警察呼ばれそうな事をやっていたのに、一度もそういった類のトラブルは起きた事が無い。提案者である月原くんが上手くやっているのか、それとも不思議な力とかいう奴に守られているのか。
 入ってみれば中はそこそこ広いようだった。ここは建て替えられそうなので、そうなる前に探索出来たのは僥倖と言わざるをえないだろう。

「広いね。あまり時間も無いし、分かれて調べる?」
「そんなに広いかな?バラける必要なくない?」
「葉木さん、俺の言う事に何か文句があるんだね」
「ファッ!?何でいきなり独裁政治家みたいな事言い出したの!?」

 いいから黙っていろ、笑顔の迫力からそう言われているような気さえする。そしてそれは多分、気のせいじゃない。