Ep1

07.


 乾燥した筆を手に取り、くるりと回す。パレットはついこの間洗ったばかりなのでまだ綺麗だ。恐らく週末までにはドロドロになっているだろうが。机の上には水彩絵の具が散らばっている。出ているのは水彩だが、別のでもいい。というか、今日は淡い色付けの気分ではない気もするし、けれど出したい色は水彩が良い――

「うん、怠い。今日は絵を描く気分じゃないな」
「ふぅん。美術部はやりたくなかったらやらんでいいと?羨ましいわ」
「美術部はほら、フィーリングだから・・・!決してサボっているわけじゃないのだよ・・・!!」
「美術の先生泣くよ、そんな事言ったら。・・・葉木ちゃんは、今はどれがブームなの?」
「ブームって、何が?」

 ふと清澄くんは教室の後ろの方に目をやってそう訊いてきた。教室を一人で独占しているせいか、作業するスペース以外はほとんど物で埋まっている私のだけの、私の部屋。そのほとんどはガラクタである。

「だから、今はどれがお気に入りなん?というか、その空瓶は定期的に補充しとると?」
「お気に入りはその辺に散らばってる瓶の破片かな。朝とか日光でキラキラしてて綺麗だし、夕焼けの時はオレンジ色になって綺麗だからね。瓶は常に補充してるよ。百均行けばいくらでも買えるし」

 私としては清澄くんの疑問に完璧な形で答えたのだが、しかし清澄くんは不思議そうに首を傾げた。

「え?補充って、瓶は無くなるの?」
「無くなるよ。残骸散らばってるじゃん・・・それに、たまには片付けるよ。あのガラス片」
「・・・??どうせまた粉々に粉砕するのなら、そのまま置いとけばいいやろ。何でわざわざ片付けんの?」
「だって同じ瓶でも厚みが違ったり模様が入っていたりするでしょ?毎日同じ瓶の破片見てたって飽きて来るじゃん」

 ううん、と呻った清澄くんは眉間あたりを親指でグリグリと押している。何か悩みでもあるのだろうか。というか、今めっちゃ清澄くんと会話してる!清澄くんは私の部屋に来たら昼寝ばっかりしていつも構ってくれないのに。
 人知れず胸をときめかせていると、清澄くんがボソリと聞き捨てならない言葉を漏らした。

「ああ、駄目だ。俺には葉木ちゃんの言っとる事、ちっとも理解出来ん・・・」
「そ、それは悪かったよね、ホント・・・」

 は!これはチャンスなのでは!透明系グッズの良さを伝えると同時、その大義名分で清澄くんと出会える機会を増やせる気がする!

「まあ、あれだよ清澄くん。今度は朝からおいでよ。そうしたらガラス片の良さが多分伝わるはずだから!」
「朝は起きられん。1時間目にギリギリ間に合うくらいなのに、葉木ちゃんの朝ってどのくらいの時間よ・・・」
「ねぇ、高校であってはならない単位落とし達成しちゃうよ、清澄くん。早起きしようよ」
「そんな言うならちょっと朝から俺にモーニングコールしてよ。そしたら起きられる気がするけん」
「え、嫌だ。面倒臭いし忘れそう・・・」
「厳しい!」

 い、いけないいけない。つい本音がポロッと口から・・・!この話題は私にとって有利な話題じゃない。話を変えよう。取り敢えず、清澄くんが会話にノリノリだったあたりからいつ振ろうか考えてたあれにしよう、そうしよう。

「あーっと、清澄くんは今日は何時くらいに帰るのかな?」
「今日?6時半過ぎだけど。何、葉木ちゃん一緒に帰る?」
「さ、さすが清澄くん!話が早いね!」
「んー、じゃあ葉木ちゃんは俺が来るまでここで待っとってね。おらんかったら置いて帰るけん、ちゃんと待っとくとよ」
「やったー!」
「・・・素直でよろしい」

 凄く何か言いたそうな顔をされたけど、これでこの後も清澄くんに会える事が確定した。何度か一緒に帰った事があるが、放課後の約束をすっぽかされた事は無いのだ。昼休みとかは割と忘れられたりするけれど。