Ep1

03.


 入って来た人物を見た瞬間、どきりと心臓が跳ねた。

「おーう、やっとるやっとる。もう何か説明した?」

 アクセントがいちいちズレている、何がおかしいのか指摘出来ないような絶妙な訛りを伴う口調。こんがり日焼けした肌に、日焼けしたようにやや色素の薄い癖のある短髪。どう見たって運動部の彼は上鶴清澄。陸上部だ。
 遅れておきながらのんびりと定位置に座った彼はぐぐっと背伸びをした。席の場所は特に指定されたわけでもないのに、みんな定位置に座る為勝手に指定席扱いとなっている。
 なお、清澄くんが座る為に敢えて空けていた隣の席。珠代ちゃんの粋な計らいと部員達の協力により今では思惑通り清澄くんが使っている。
 嬉しさと恥ずかしさで俯きながら、しかし巡ってきたチャンスを不意にするのは好ましくない事なので、絞り出すように言葉を紡ぐ。清澄くんと絶対に会える可能性があるのは昼休みだけなのだ。それ以外では捕まらない捕まらない。

「こんにちは、清澄くん。今日は陸上部の昼練休みなの?」
「あー、こんにちは」
「にしては須藤先輩いないっすね」

 黙ってろ芳垣!
 心中でそう怒号を上げたのだが、どうやら後輩には伝わっていたらしい。肩を竦めた芳垣くんは「おっかな・・・」、と一言だけ呟くと前を向いてしまった。すまない。

「司?あー、昼練に出とるやろ。俺は着替えるの面倒やったからサボったけど」
「えーっと、それは大丈夫?」
「葉木ちゃんの頭程ヤバくはなかっさ。レギュラー落としたりはせんやろ」
「えっ!?何で今私の頭をナチュラルに貶してきたのかな!!」

 須藤司、割と初期からいるメンバーだがメインは陸上部である。つまり清澄くんと同じ部なので、現在清澄くんが部室にいるのは本来ならあり得ない事態だ。練習ちゃんと出ろよ・・・。昼休み会えたねって素直に喜べないだろ・・・。
 ちょっと、と少しだけ苛立ったように珠代ちゃんが口を挟んだ。弓道部副部長という役柄のせいか、彼女はあまり気が長い方じゃない。

「いい加減始めましょう。昼休み、終わっちゃうわよ。お弁当食べながら聞いていいわよね?」
「さすが仙波さん。でもそれだと僕だけお弁当食べられなくない?」
「あなた、何か食べたりするのかしら?霞でも食べて生きているものだと思っていたわ」
「マジかよ、部長スゲー」

 やんややんや、と唐突に褒め称えられる月原くん。横に座っている清澄くんが他人事のようにハハハ、と笑った。

「ホントこの面子集まると話が進まんね。今に始まった事じゃないけど」
「清澄くんはお弁当持って来た?」
「今日は購買の焼きそばパンにしたとけど、これ競争率高すぎるやろ。人が殺到してきて潰されるかと思ったわ・・・」
「あれにはコツがあるんだよ。気配を消せる奴が最後には勝つ仕組みになってるの。でも清澄くんって体格が良いからね・・・ちょっと難しいかも。ま、一度に人を3人くらいまとめて投げ捨てるくらいの意気込みがあればきっと行けるよ!」
「ほぁー・・・都会って恐かぁ・・・」