11.最終手段
混乱して意味不明な言葉を口走ったブルーノを横目に、淡々とルイスが話の路線を戻す。慈悲など無い。
「ブルーノ、発狂している所悪いが、この話はまだ終わっていない。ここまでが前提の話だ」
「えっ……」
「先程、彼――ジャックの原動力が《ラストリゾート》であると説明した。誰の持ち物であるかをまだ説明していない」
「えっ、あ、いっ、いやいや! もうここまで来たら確定なのでは……?」
ホムンクルスに埋め込まれた専用武器、《ラストリゾート》の話からイアンの両親の話へと高飛び。そして、またもとの話題に戻って来た。
以上を鑑みて、もう答えは出たようなものだったが、それでもルイスはやはり単調に言葉を続ける。言い聞かせる響きが強くなっているのは、恐らく気のせいではないだろう。
死刑宣告。
それを止める暇も、聞く覚悟も、待つ余裕すら無いままに高貴な血族である彼は答え合わせをした。
「イアンの持つ《ラストリゾート》が、ジャックの原動力。それで間違いないと思うのだが、どうだろうか?」
「確信があった訳では無いのですね」
「そうだな。そもそも、お前の存在を知ったのもつい最近の話だ。イアン」
一度、二度。瞬きをした当事者・イアンはややあって、その答えに対して是という意を持つ返事をした。
「それで間違いないかと。貴方が仰った通り、私の《ラストリゾート》に関しては、現在どこにあるのか所在不明の状態です。そして、《ラストリゾート》の効果をざっくり説明すると、延々と魔力を生み出し続けるもの。であれば、ホムンクルスに足りない魔力回路の部分を補って余りあるでしょう」
ゆっくりとイアンから距離を取る。
最悪、全身を掻っ捌かれて中身を取り出すと言いだしかねない。何より、《ラストリゾート》は《旧き者》にとっての生命線、自身の所持品。不要の代物であっても、イアンの物である事に変わりは無い。
というか、イアンの考察によると自分は魔力回路の部分が破壊されたら他の兄弟達と同様に溶けて消えてしまう可能性すらある。つまり、《ラストリゾート》を返せと言われれば、それで終了だ。
瞬時に頭を巡った考察。それを肯定するよう、緩やかにルイスが眉根を寄せる。
「今ここには、幾つか問題が生じている。ブルーノの件、隠し子の件、そして――ジャック、お前の悩みは深刻だ。ダイレクトに命に関わる」
「わ、分かってる……!」
イアンの考えが読み取れない瞳を見つめ返す。そう、自分の動力は彼女の持ち物。大切な持ち物だ。返せと言われれば、返す他ないのだろう。
慌てたようにブルーノが割って入った。
「イアン、今は待てよ。《ラストリゾート》をジャックにやれ、とは言わねぇ。ただ、生命維持が出来るまでは貸してやってくれ。錬金術なり何なり、方法はあるはずだ」
妥協案を口走った同胞。それを一瞥したイアンはようやっとその口を開いた。
「……原理上、確かに私の《ラストリゾート》を取り上げてしまえば、ジャックは消滅するでしょう。では、逆は? 私の《ラストリゾート》を持ったまま、ジャックが死亡した場合、私はどうなるのでしょうか?」
「――あくまで確実性が無い事だけは理解してくれ。私が長年生きて来た上での推測になる。まず、《ラストリゾート》を持たない同胞も、持ち主のいない《ラストリゾート》も存在しない。であれば、これらは単品で存在する事は出来ず、どちらかが何らかの原因で消滅した場合、持ち主ごと、或いは《ラストリゾート》ごと消滅する事になる可能性が高いだろう」
「端的に申し上げて、《ラストリゾート》を持ったままの状態でジャックが死亡した場合、私も道連れという事になりますね。それについてはまあ、心当たりがあります」
「心当たり……?」
思わず問い返すと、イアンは涼やかな声で応じた。
「ゲーアハルト殿の召喚獣と戦闘になった折、貴方、大怪我をしたでしょう?」
「あ、ああ! そういえばイアン、お前ちゃんと病院で診て貰ったのか?」
「いいえ。時間の無駄ですので。あの時、あの身体の痛みは私と貴方が《ラストリゾート》を通じて同一の生命を共有していたから、今はそう認識しています」
そんなことを言ったら、最初から答えは出ていたのかもしれない。
帝国から逃げ出した時、イアンを誘ったのは「絶対に乗ってくる」という謎の錯覚を感じていたからだ。その錯覚を見せたのはイアンの一部である《ラストリゾート》だったのかもしれない。持ち主の元へと戻ろうとする、道具の意思。