10.事実の確認
俺の方で調べたのですが、と頭を抱えた状態のまま大変珍しくも蚊の鳴くような声でブルーノが言葉を溢す。解決に向かって動いていたはずなのに、解決どころか新たな問題が発覚した彼にはご愁傷様という言葉しかない。
「同胞の中に行方不明者はいないですし、そもそもイアンの情報も……出て来ませんでした。ジャックに至っては論外、勘定外だったので何も調べていません」
「気に病む事は無い。正答に至れる者など限られた僅かな人数だけだ。お前はよくやってくれている」
すかさずルイスがフォローしたが、意外にも仕事に誇りを持つ男であるブルーノに納得した様子は無い。
それに、と目を細めたルイスはぼそっと呟いた。
「隠し子に関しては――そう、心当たりが、ある」
それが言い辛そうに放たれた言葉である、というのはややあって気がついた。表情が分かりやすい程に整った顔立ちをしているが、ポーカーフェイスは完璧。動揺を浮かべて遜色の無い話題であったからこそ、ちょっとした変化に気づけたのだろう。
現状、既にかなり意味不明な事になっているし「誰のラストリゾートなのか?」、という疑問には一向に答えて貰えない。それでも、ジャックは黙って言葉の続きを待った。
「ところでイアン、ルーファスが掛けた魔法は効いているらしいな。どうだ? 何か、思い出しただろうか」
「……ええ、そうですね。追求される前に答えてしまいますと、確かに私とルーファスの間には関係性があります。師弟、と言えばそれが一番近しいのかもしれませんね」
「そうか、そうだろうな」
「はい。それで、この状況にはどう収集を付けましょうか。かつてのように、起こった事を隠蔽する方針でお話を続けますか?」
「結果的に言えば失敗した事と、同じ事をするつもりはない。そして、お前に関しては私が手を下す、何かを決める権限を持たないだろう。我々に何か不利益な動きをしない限りは、何もしはしないさ。現ロードに関しても恐らくは私と同じ意見だ」
――話がさっぱり見えて来ない。
当事者間では会話が成立しているが、端から見ている自分には何の話かまるで分からない。というか、恐らく当事者の一人であるはずのブルーノも口をへの字に曲げている。
ややあって、2人の間で何事かの取り決めが終結したのか、イアンが一つ頷いた。
「では、この場において私は私自身の情報を開示するという事でよろしいですか」
「そうなるな。とはいえ、プライベートに大きく足を突っ込んでいる。守秘義務を使いたいのであれば、その限りでは無い」
「何を今更」
「おい、どうなったんだよ」
身内トークも聞き飽きた。イアンの関心が蚊帳の外組に戻って来たのを見て、ジャックは口を挟んだ。このままでは会話が終わらないし進まない。
ちら、とこちらを見やったイアンがややあって言葉を紡いだ。
「私、と言うより私の父に問題があるようです、ジャック」
「え? あ、ああ。そうか」
「イーデン宰相を覚えていますか。まあ、恐らく顔を見た事も無ければ当然会った事も無い、帝国側のお偉いさんです」
「まあ、覚えてはいるな。名前だけは」
「結構です。その宰相殿こそが、私の父です」
「えっ、あ、お、おう」
――急に父親が帝国の偉い人でした、って言われてもな……。
イアンには悪いが、正直イーデン宰相など雲の上の存在、まさに殿上人だ。唐突に驚きの事実を知らされても薄い反応しか出来なかった。気を悪くしていないか、魔道士の顔色を伺う。が、いつにもまして彼女の表情から感情は読み解けなかった。
入れ替わるように、ルイスが口を開く。
「そのイーデンだが、私の兄でもある」
「げっ……」
蛙が潰れたような声を上げたのはブルーノだ。更に頭を抱え込んでいるのが見えた。可哀相に。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。ルイス様。え、じゃあ、イアンは……」
「私の姪になるな」
「長男殿、生存されていたんですね……」
「今、イアンと摺り合わせをした。彼女は宰相・イーデンの顔を見ているのと、記憶を取り戻している。であれば、それが誰であるのか紐解くのは簡単だ」
「マジか……。というか、記憶トんでたとはいえ、同胞が目の前に居て気付かなかったのはちょっと傷付きますね」
まあ、とイアンが補足するようにぽつりと呟く。
「父はあの通り、ロードの血族ではあります。ありますが、母は一般人です。一般の人間女性。ですので、もしかすると史上初のハーフかもしれませんよ、私は」
「お前は落ち着いてるな」
「小さな頃から逃亡生活にも似た生活を送っておりましたので。見つかれば唯では済まない事など織り込み済みです」
「人間との相子、隠し子って事に――不正のオンパレードだな。イアン、親は大事にしろよホント……」