第9話

07.イアンのお願い


 一連の流れを難しげな顔で見ていたイアンが人差し指を立てた。何か妥協するという姿勢を感じさせるゼスチャーに視線が集まる。

「流石にその魔法を何も対策せず、そのまま使わせたくはありません。ジャックにマジック・アイテムを持たせた上で待機していいと言うのであれば、考えましょう」
「用心深いなあ。まあ、僕もやましい事がある訳では無いからね。それで良いのならば、そうしようか」
「いや、ちょ、待て待て待て!」

 唐突に出現させたジャック自身という第三者を完全に置いてけぼりに、2人の会話は進む進む。このままでは本当にそのまま突っ走り、あまつさえ行き着く場所にゴールしてしまいそうな速度の会話に横槍を入れた。
 言いたい事はそれこそ数え切れないくらいたくさんあるが、一先ず言っておくべき事がある。

「俺の意見を聞けよ! 話を勝手に進めるな!」

 ここで意外にも呆気にとられて硬直していたリカルデの援護射撃が刺さる。彼女は本当に常識的で思考回路がまとも過ぎる程にまともな人間だ。

「ああ、話が早急過ぎると思うぞイアン殿。まずそもそも、本当に『何か』が起きた時、ジャックと私では対応出来ないと思う」
「問題ありません。記憶の操作など、そう簡単に使用出来る魔法でもありませんし、私が貴方に言われて一応拵えておいたアイテムを使って、目の前の賢者を叩きのめせば良いのです」
「ハードルが高いんだよなあ……」

 かなり好戦的な言葉を掛けられているにも関わらず、ルーファスはニコニコとやや微笑ましそうな顔をしていた。それだけ見ていると、彼がイアンに危険な何かをするようには到底見えない。
 ただ奴はこの魔法を完成させる為、少なくとも3人の人間を実験台として使用したとんだサイコ野郎だが。

 それと同時に、イアンをこのまま放っておいては行けない事も直感している。この不可思議な状態を打破する為には、彼女の記憶は必要不可欠。これ以上、《旧き者》などという怪物集団に付きまとわれないようにするには、やはり記憶を取り戻す事が第一だろう。

 唸っている間に、イアンがローブから水晶玉のようなアイテムを2つ取り出した。片方はリカルデに、もう片方はジャックへと持たせる。

「私の命綱です。くれぐれも、何かが起きたからと言って私を置いて行かないようお願い致しますよ」
「あんたじゃないんだから、そんな事しない。それより、本当に良いのか? 正直、コイツかなり胡散臭いと思うぞ。イアン」
「――方法が無いと言うのであれば、まあ、一度くらい魔法に掛けられても問題ありません。良いですか、彼が魔法を使用した後、私の様子が目に見えておかしい場合にはそれを使って下さい」

 ――いや、使えも何も。これ、どんな効果がある系の奴なんだよ……。
 効力も何も全く説明せず、当然のように意味不明なアイテムを持たせてくる。彼女の傍若無人ぶりは今に始まった事ではないが、今回その適当さで被害を被るのはイアン自身。もっと真剣に考えて欲しいものだ。
 だらしのない仲間へ言い聞かせるようにジャックは説明を要求する。

「これはどんな効果があるアイテムなんだよ。よく分からんもんをホイホイ使える訳がないだろ」
「そう複雑な物ではありません。目には目を、歯には歯を。私も魔法で自らの記憶を蘇らせるという方法については考えていました。その産物です。3分前までの事なら、何でも思い出せると言った類いのアイテムですよ」
「お、おう」
「失敗した成れの果てではありますけどね。まさか、使う機会が訪れるとは思いませんでした。ルーファスさんの魔法が失敗、もしくは悪意のある何らかの事象によって私の記憶が全く見当違いの方向へトんでいたら容赦無く使用して下さい」

 その言葉を聞いて背筋が伸びる。という事はつまり、イアンもまた「ルーファスの都合が良いように」記憶を書き換えられる事象について懸念しているという事だ。
 彼女の記憶が良いように改竄された場合、自分とリカルデの命はないと見て良い。見ず知らず、初対面の猛獣を目の前にドンと置かれるようなものだ。即ち死である。

「3分前の出来事を思い出せたからどうするんだ?」
「完璧に物事を思い出せるのであれば。掛けられた魔法とは逆の魔方式を紡ぎ、同じように記憶を取り戻すのみです」
「改竄防止って事か」
「端的に申し上げれば」
「……分かった。じゃあ、俺とリカルデがしっかり後ろに控えてるから、まあ危ないと思ったら自分でもどうにかしろよ」
「ええ、当然です」

「話し合いは終わったかな?」

 黙って会話の切れ目を待っていたルーファスにそう声を掛けられる。賢者の方を振り返ったイアンが薄く頷いた。

「はい、準備は終わりました。さあ、その魔法とやらを使用してみて下さい」