第9話

01.状況の整理


 人魚村に居座っては面倒事、ひいては大変な事になると判断したジャック達は再びヴァレンディア魔道国に戻って来ていた。というのも、シルベリア王国と魔道国は隣接しており休み無く歩き続ければ2日程度で移動可能だからだ。
 更に、ヴァレンディアにはチェスターの『真夜中の館』もある。身を隠す場所もあって良いこと尽くしだ。

「相変わらず暗いな、ここ」

 最初に館へ泊まった時と同様、執事風の男に荷物を託し、リビングへやって来たところでぽつりとジャックは呟いた。吸血鬼がどうなのかは知らないが、普通の人間なら延々と明けない夜の館など精神が狂ってもおかしくない。
 しかし、その思考をチェスターは鼻で笑った。

「人間の目線で物を語るか」
「いやあのな。確かに厳密に言えば俺は人間とは言えない。だが、ベースは人間だからな?」
「そうであろうよ、人間風情に我々と同じ性能を持った人工生物を創るのなど不可能だ」
「あんた何が言いたいんだ……」

 会話が成り立たない。いつもの事だが、早々にお喋りを諦めたジャックは黙っている面々に視線を向けた。何というか、リカルデは高級ソファに身体をガッチガチに固めているが、イアンとブルーノは非常に寛いでいる。この人等、他人の家である事を理解しているのだろうか。
 価値観がピンキリ過ぎるメンバーを眺めながら、憂鬱な思考回路を打ち切る。もういい、そんな細かい事をいちいち気にしていられる状況では無い。

「何か飲み物は無いのですか?」

 不意にイアンが訊ねた。不遜な態度に何故か息を呑む。
 鋭い視線を彼女へ向けた家主は目を眇めた。非常に機嫌が悪そう。というか、今その機嫌を損ねたに違いない。

「今、用意をさせている。押しかけで来たのだ、すぐに準備が出来るなどと思うな」
「それもそうですね。ところで、私は紅茶党なのですが」
「奇遇だな。準備させているのは紅茶――」
「なあおい、俺はコーヒーがいい。おう、リカルデとジャック。お前等は何飲む?」

 ――どっちでもいい!!
 本題に入るのに20分掛かった。

 ようやっと本題に入ったイアンがまずやった事は、現状やるべき事のリストアップである。やるべき事、やらなくてもいい事、やっておいた方がいい事――全て分類が必要だと言いたいらしい。

「そもそも当初の目的は大陸からの撤退でした。これは、ブルーノさんが加入する前から決まっていた事です」
「そういやそうだったな。色々あり過ぎて忘れてたが。つっても、俺はラストリゾート・レプリカを処分するまで大陸からは出られないな」
「そうでしょうね。後はまあ、ルーファスさんやルイスさんの意味深発言……最悪、大陸から出られれば無視して問題は無さそうですが」
「どうかな。ルーファスさんはともかく、ルイス様については俺が調べといてもいいぜ。どうせ、仕事してる間はちょくちょく会う事になるだろうし」

 はぁ? と、チェスターが眉根を寄せた。

「あの王族、また会うつもりなのか貴様。あれは個人行動をしている訳ではないと?」
「ルーファスさんが捜してたから、どのみちそれも伝えなきゃならないしな。会えるのなら、会っておくつもりだ」
「……確実性は無いのか」

 すまない、とリカルデが果敢にも話題に割って入った。チェスターの鬱陶しそうな視線と、ブルーノのサングラス越しの視線が騎士兵へと向けられる。

「あー、これも絶対に解決する必要がある訳じゃないが……。バルバラ殿と、アルバンの事も忘れないで欲しい」
「アルバン?」
「私の後輩だ」
「ああ、居たな。そんな奴」

 ――完全に忘れていた。研究所の件は他に考えるべき事が多すぎて、リカルデの後輩という名の一般人の事など記憶の外だった。
 アルバンは置いておいて、とナチュラルに人の後輩を脇に追いやったイアンは珍しく憂いの表情を浮かべる。

「バルバラさんに至っては、もう面倒なので相手を致しかねますね。どなたか、会った方が適当に始末しておいて下さい」
「お前な……。元はと言えば、ドミニクを殺したのが悪いだろ」
「知りませんよ、彼が私に向かって来たのではないですか」
「煽ったのはあんただからな、イアン」

 そもそも、とジャックは心中で先の言葉に反論する。
 誰か会った奴が始末、というのは自分とリカルデの手には余る。腐っても軍の重鎮。それなりの実力を伴う彼女とエンカウントした際、まともに戦って確実に勝てるのは人外達とイアンだけだ。
 しかもバルバラの神出鬼没さは最近恐ろしい程。いつどこで会うか分からない以上、その丸投げ発言はいただけなかった。

 当事者であるイアンは態とらしく悩ましげな溜息を吐く。最近はあまり愉しく無さそうなので逃亡生活にも飽きて来たのだろう。

「やることが盛り沢山ですね。第一に、大陸から出る船は差し止められているようですし。……あの船、誰が止めているんでしょうね。ゲーアハルト殿はまだ復帰なさっていないでしょうし」
「言うまでも無く、私はここに居る訳だしな。そうか……船……。あれは誰の指示で止めているのだったか。少なくとも私の権限で止めたものでは無いだろうが」

 チェスターが不意に目を眇めた。よく考えてみたら、おかしな事が起きている。そういう表情だ。