06.イアンの分析
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唯一無二の成功例にして成功理由が定かではない、意思を持った人工生物。ホムンクルス127号事ジャックには専用の検査室がある。というのも、恐らく室長殿が非常に神経質になっていたからだろう。
部屋の場所まで正確に覚えていた彼に導かれ、イアンは初めてその部屋へと足を踏み入れた。
「……成る程。貴方、随分と優遇されていたようですね。ジャック」
「優遇で一か所に閉じ込められるなんてごめんだけどな」
憎まれ口を叩きつつも、イアンは僅かに目を眇めた。
――端的に言ってしまえば、何をどう触って良いのか欠片も理解できない。元々はジャックの体調不良を思い込みの力で押さえ付けようとしていただけに、ここまで複雑な物が出て来られると扱いに困る。
不手際を見せてしまえば全てが無駄になる事は容易に想像できたからだ。
一瞬とは言え、芽生えた不安を覆い隠し努めて冷静にイアンは口を開いた。
「それでジャック、貴方はこの部屋へ来た時にどんな事をしていましたか?」
「えっ、そこから既に俺に丸投げ?」
「当然でしょう。先程も言いましたが、私は貴方の身体検査など手伝った事はありません。ジャック、貴方の記憶が頼りですよ」
「変なプレッシャーを掛けるな!! ぐっ……いつも何やってたかな」
ここで不安そうな顔をしていたリカルデが会話に参戦する。彼女は思慮深いところがあるので、思い付きで適当な事を言えない性格なのだろう。
「イアン殿、やはり私達だけで精査項目を埋めるのは無理では……」
「無理でも何でも、やらなければならないものなので仕方ありませんね。リカルデさんは、そちらの引き出しを調べて下さい。項目用のマークシートなどがあれば良いのですが」
「ああ、そういうのであればきっとどこかにあるはずだ。まさか空記憶でジャックの身体検査をしたとは思えない」
片っ端から引き出しを開け、お目当ての書類を探す。
確かにホムンクルス関連について、室長エリーアスは触らせてはくれなかった。しかし同じ帝国系列である以上、そういった書類はきちんと保管しているはずだ。何なら、数度先の分まで。
ジャックが使うには似つかわしくない、豪奢な机の引き出しを開ける。ファイリングされた書類をすぐに発見した。
誰に遠慮する事無く中身を取り出し、改める。
「……これのようですね。ジャック、この項目に見覚えは?」
入手した資料を渡すと、小さい文字に目を擦りながらジャックが上から下まで流し読みする。僅かに何かを考えた後、得心したように頷いた。
「これは確か、研究員達がペンで印を付けてた紙だな。この名前とかも見覚えがある」
「ならばこれでしょうね。項目が多すぎますし、半分以下に減らしましょう」
横で騎士と人造人間が揃って間の抜けた声を上げるが無視。全て合わせて45項目もあるのだ。こんなもの、勝手も分からないのに上から下までやっていては日が暮れるどころでは済まない。
ローブからペンを取り出したイアンは、目を惹いた項目にチェックを入れていく。やがて、そこに残ったのは2項目。
「魔力値の測定と魔力回路の安定性……。これは調べておきましょうか」
「少なっ! イアン、もっと一杯あっただろ!?」
ぎゃんぎゃんと騒ぐジャックをスルーし、魔導士は思考に耽る。
マークシートに目を落としてみれば、他は取るに足らないものを検査していると言うのに事「魔力回路」関係においてのみは数項目が存在している。
当然、室長は性格にこそ難があるものの馬鹿ではない。つまり、この入念にチェックされている項目だけは、本当に大切だと推測できる。更に言ってしまえば、これ以外は恐らくどうでもいい。
「おい、聞いてるのか!?」
「すいません、聞いていませんでした。では、そろそろ始めましょうか」
「いや俺の話を聞け!!」
脳裏に描く、イアンの個人的な目標。
――ジャックの魔力回路について詳細な情報を得る事。
今回の一件で何か分かればいいが。イアンはうっそりと笑みを浮かべた。何であれ、真実を解き明かすのはそれなりに愉しいものである。