第7話

05.気の持ちよう


「いやちょっと待ってくれ」

 不意に青い顔をしたジャックが頭痛を訴えるようなポーズをしつつ口を開いた。眉根を寄せ、実に不満がありますといった面持ちだ。

「どうしました」
「いやどうしました、じゃないだろ。俺の身体検査は出来ないって事か? 室長が居ないのなら」
「そういえば、すっかり忘れていました」
「今回のメインイベント!」

 分かりやすく憤慨しているホムンクルスは、実に怒りと焦りを綯い交ぜにした感情表現が上手である。変なところで感心していると、流石に不憫だと思ったのかリカルデが助け舟を出す。

「どうにかならないだろうか、イアン殿」
「我々だけでも精査項目は埋められるでしょう。何せ、室長は居なくともここは施設の内部なのですから」
「イアン殿は、ジャックの身体検査を手伝った経験があるのか?」
「いいえ?」
「えっ」

 心底驚いたような顔をされたが、心外だ。この程度、わざわざ室長にやらせる必要など無い。決められた項目を決められた通りに分析するだけである。
 それに、ジャックは体調不良を訴えているが肝心な時には元気そうだ。よって、気の持ちようであると推測する。つまり、心の安寧が得られればそのまま体調に直結する事だろう。

「という訳です。そちらはどうなさいますか?」

 自分とジャックを抜き、残りの面子に訊ねる。返って来た答えはおよそ予想通りのものだった。

「俺は《ラストリゾート》・レプリカの製造ラインとかがねぇか調べてくるぜ。それに、これ以上の情報漏洩も避けたい」
「そうでしょうね。では、ブルーノさんは施設のお散歩、という事でよろしいですか?」
「散歩て。まあ、間違っちゃいねぇが。おう、ジャック。お前等の用事が終わるまではブラついてっから、まあ、何かあったら話くらいなら聞くぜ」

 唐突にジャックを気遣う素振りを見せたブルーノ。唇は弧を描いているが、サングラスのせいで詳しい感情までは伺えない。とはいっても、彼は実直な性格なので言葉におおよその裏と表は無いのだろうが。
 一方で本音と建前を使い分けるのが器用な吸血鬼、チェスターは真意の読めない要望を吐き出した。

「では、私は彼に付いて行くとしよう」
「は? 何でだよ。暇なのか」
「そうだな。私はホムンクルスの体調になど、関心は無い。であれば、多少なりとも興味のある施設探索に付き合うのがマシな時間の潰し方というものだ」
「そりゃいいが、お前、内部構造くらいは知ってんだろうな」
「当然だ」

 それだけでブルーノはチェスターの同行について反論は無くなったらしい。言葉を話せるナビでも付いた、という気持ちなのだろう。やや機嫌がよさそうに見える。

「リカルデさん、貴方はどう致しますか?」
「私は……イアン殿を手伝おう。時間が押しているだろうし」
「ええ。助かります」

 俺達はもう行くぜ、とブルーノ&チェスターが早々に離脱した。何というか、折り合いの悪そうな組み合わせだが、殺し合いの喧嘩などに発展しなければよいが。
 物騒な事を考えていると、自身の話題であったのに口数が少なかったジャックは非常に不安そうな顔をしていた。

「行きますよ。情けない顔をしないで下さい」
「あんたな……。間違って俺を解剖しないでくれよ」

 はぁ? とイアンは眉根を寄せ不満げな声を上げた。

「馬鹿な事を想像するのは止めていただけませんか。私は魔導士であって、メスを執る医者でもましてや研究者でもありません」

 本当かよ、というジャックの呟きはしっかりと聞こえていた。が、これ以上の問答は時間のロスに他ならないので聞こえなかったふりをする。ただし、僅かに脳裏に過った言葉は如実に不満を表していただろう。
 ――非常に心外である、と。