第7話

07.探し物が見つからない時の最終手段


「んー……。ではジャック、これを手に持って1分間待って下さい」

 早速測定を開始したイアンは、書類を読みながらよく分からない、魔力を帯びた羊皮紙を手渡す。真顔で恐々としていたジャックは得心したように手を打った。

「ああ、これならやった記憶があるな」
「本当か、ジャック。それならこれは、何をどうする為の紙なのか説明が出来るという事だな?」
「これは確か、色が濃ければ濃い程、体内に魔力が満ちてるって紙だったはず」
「それは合理的だな」

 リカルデがジャックを心配してそう訊ねる。あの羊皮紙の力は本物だ。さっきはイアンが触れた瞬間、濃い黒色になった。ただし、黒いインクに大量の水が混ざってしまったかのような色に。
 現在、ジャックが手に持っているそれは真っ黒に染まっている。彼の体内には魔力が満ち満ちているという事に他ならない。

 次の準備をしつつ、イアンは無言で思考を巡らせる。現状、ジャックの魔力を支える方法の仮説が頭の中に2つ程あった。
 1つはメイヴィスの遺物説。彼女は生前、ありとあらゆる便利アイテムを生み出している。『真夜中の館』もその産物だ。察するに、彼女は錬金術で生み出したアイテムで生計を立てていたのだろう。
 そんな彼女の道具は未だ全てが解明されている訳では無い。彼女自身が肌身離さず持っていたアイテム、護衛騎士に捧げた魔石の剣など彼女等が消えたと同時に姿を消した数々のアイテムが存在している。
 その中に、魔力を自ら生み出せる『何か』があったかもしれないのだ。

 そして仮説の2つ目。これは1つ目の仮説と同時に立証される可能性がある。
 曰く、メイヴィス・イルドレシア生存説。60年前の偉人であり、急に姿を消したと専らの噂だが――何せ、彼女の遺体は上がっていない。誰も死亡した事を確実に認識出来ていない。
 最初にして最後、これ以上の天才は生まれないとまで称された天才アルケミスト、メイヴィス・イルドレシア。それだけの名声を欲しいままにしたのであれば、人間であっても不老不死の境地に至っているかもしれない。
 人魚に肉を食らうなり、その他伝承種と何らかの契約を交わすなりして生き長らえている可能性を完全に否定する事は出来なかった。そんな彼女が生み出したのが、ジャック――我ながら荒唐無稽な話ではあるが、そういうお伽話じみた仮説ですら否定する確かな材料は無いのだ。

「考え事が多いな、イアン。何か気になる事でもあるのか?」
「そうですね。ジャック、貴方は……メイヴィス・イルドレシアに出会った事がありますか?」
「いや無いだろ。あの人、60年前に生きていた人間なんだろ。俺が生まれたの、10年前だぞ……」
「いえ。彼女の死体が上がったという情報は、少なくとも私は持っていませんから。リカルデさんはどうですか?」

 難しい顔をしていた騎士は少し考えた後、困惑した顔で首を横に振った。

「いや、そういえば……。よくよく考えてみると、彼女が60年前に天才と呼ばれたアルケミストだという事実以外、よく知らないな」

 そうでしょうね、と呟いたイアンは手を動かしながらも再び深い深い思考の海へと沈む。結局の所、考えても分からないお話だ。が、考える、頭を悩ませるという行為そのものを好んでいるイアンは出口のない思考の海を抜けだそうというつもりなど皆無だった。

 ***

 今日はいつも以上に大人しかったイアンが「これで粗方の検査は終了です」、と言ったのをジャックは不安な面持ちで眺めていた。何を以て終わったと言っているのか詳しく聞きたいところだが、その大人しい様に訊ねる事が憚られる。

 それに、タイミングも悪かった。丁度、ブルーノとチェスターが戻って来たのだ。しかもイアンは軽率に「異常はありませんでした」、などと宣っている。

「それで? そちらはどうでしたか。何か収穫はありましたか?」

 イアンの問いに、真意の読めないサングラスでしかし、精一杯に肩を竦めて見せたブルーノは首を横に振る。それだけで何の成果も得られなかったのだと察せた。

「いや、それがよ……。一応、見て回ったんだが何が大事な物なのか分からなかったぜ。何でこう、人間って細々したモンを作るのかね」
「ふん、無駄足だったな。もういっそ、施設に火でも放ったらどうだ?」

 チェスターの尤もと言えば尤もだが、人としてどうかと思う発言に対し、ブルーノは盛大な溜息を吐いた。

「大体何でお前も一緒に居たはずなのに、そんな暴力的な事になるんだよ。案内する、つって息巻いてただろうが」
「文字を読むのが気怠かった、許せ。それにまあ、行儀良くそれだけ処分してやる必要もないだろうよ」

 行動を共にしだしてすぐに気付いたが、この吸血鬼、かなり物臭だ。自分が出る幕ではないと悟ればすぐに雲隠れし、昼間に至っては常時気怠そう。何と言うか、想像していた吸血鬼像と掛け離れた存在だ。