第7話

02.チームワークはない


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 イアン達を待機させ、いざ内部へ。思い切り堂々とだ。
 芝居が云々言っていただけあって、チェスターは実に堂々としたものだった。全く物怖じせず、何なら自分の家へ帰るような自然さで歩を進める。
 あまりにも当然のような仕草に、コイツ実は内部に潜入してホムンクルスを確保しようとしていた帝国側の存在なのではないか、と疑ってしまう程だ。

 ただし、堂々とし過ぎている陰で少々雑なところがあるのもまた事実。
 何せジャックは普通に腕に縄をかけられる事も無く、捕まっていると言うより並んで歩いている体で野放し状態である。芝居とは何だったのか。これではまるでフレンドである。

「なあ、これ本当にバレないのか? 俺を野放しにし過ぎじゃないか?」

 流石に不安になってそう訊ねれば、数歩前を歩いていたチェスターは事も無げに告げた。衝撃の事実を。

「事は露呈していると見た方が良いぞ」
「えっ」
「まさか、このような急場凌ぎの方法で施設に入って何事も無く出られるとでも思っているのか? 頭の目出度いやつだな、ジャック」
「いや目出度いも何も……あんたが確率4割? とか言ったんだろ」
「成功確率が4割という事は、裏を返せば6割の確率で失敗するという事だ。そうだろう?」
「ええ……」

 イアンも相当面倒臭い言い回しを好むが、彼女は事、自身の好みにおいてはストレートな言葉を用いる傾向にある。
 が、この吸血鬼はどうだろうか。意図的に誤解させるような言葉の選び方、遠回し過ぎて結局はどこを強調したいのか分からない発言。いまいち噛み合わない。恐らくリカルデも彼と話をすれば引っ掛かりを覚えるだろう。

「それをイアンは理解しているんだろうな」
「気にするな、あれのことを。お前を連れ出したからか?」
「いや、俺が連れ出したんだよ。というか、あんたの適当さがイアンに伝わったら、癇癪を起こすぞ、多分」

 ここでチェスターはやや考える素振りをみせた。ややあって、そうだなと頷く。

「顧問魔導士殿がおらぬ事ですっかり忘れていたが……。奴は『そう』いう存在だったな。いやはや、平和ボケとは恐ろしいものだ」

 殺伐とした同僚関係だったらしい。ここで初めてジャックはチェスターに同情にも似た感情を抱いた。この高慢ちきな吸血鬼にここまで言わせる、怪物は健在のようだ。

 丁度、会話が途切れた時だった。
 施設の敷地内を突っ切り、門番の立つ入口へとたどり着いたのは。見れば帝国兵の制服を着た兵士が2人立っている。第一検問と言ったところか。
 慌てて口を噤んだジャックは背筋を伸ばす。
 ここを通り抜けられない事にはどうしようもない。イアン達が乗り込んで来れば、研究施設はただでは済まないだろう。どうか穏便にやり過ごしたいものだ。

 チェスターの薄氷のような瞳が兵士達を一瞥する。そして、いつもの傲慢極まりない口調で淡々と要求を口にした。

「通せ。室長殿に手土産がある」
「え、あ、チェスター大佐――」

 警備兵達の顔に動揺と、警戒が広がった――瞬間だった。目を眇めた吸血鬼が何の前触れも無く、左手を薙ぐ。ナマモノが引き裂ける、音。

「うっ!? あ、あんた急に何やってんだ!!」

 吹き上がった鮮血を見て、ジャックは悲鳴に近い非難の声を上げた。今の一瞬の内に門番をしていただけの警備兵2人が地面に転がったのだ、当然抗議するに決まっている。
 しかし、問題を起こした当本人は興味も無さそうに鼻を鳴らした。今生産された人間の遺体を見下ろし、淡泊に告げる。

「見て分からないのか。奴等は私の裏切りを知っていた。騒がれる前に処理するのは当然の事だろう」
「当然じゃないだろ! そんな残酷な当然があって堪るか!!」

 流石は元、帝国の大佐。考える事が血に染まり過ぎている。しかも、騒ぎを最小限にと言っていたがジャックの耳は確かに内部の慌てようを捉えていた。騒ぎは既に露呈しているし、何ならただ無意味に特攻を仕掛けただけだった。
 がっくり項垂れていると、チェスターが片手を挙げる。その手には小さな術式が展開されていた。ふわり、と狼煙が上がる。魔法って何でも出来るんだな、ジャックは現実逃避した。

「呼びましたか。失敗なさったようですね、チェスター殿」
「うおっ!?」

 一番に現れたのはイアンだった。急に現れたように見えたが、恐らくは移動術式をチェスターに持たせていたのだろう。
 やや楽しげに顔を歪めたイアンは、挨拶もそこそこに研究施設の大扉を魔法で破壊。誰よりも最初に中へと入って行った。足取りはピクニックでもするかのように軽い。

「ジャック、無事だったか?」

 次に現れたのは恐らく物理的に走って来たのであろう、ブルーノだった。サングラスで表情は伺えないが、声のトーンだけは普通に仲間を労わるそれである。

「ああ、俺は無事だが……。今、イアンが浮かれて中に入って行った」
「そうだろうな。『施設を襲撃するなんて、久しぶりです』、つってたぞ。あと、リカルデが後から来るから待っててやってくれ」
「そ、そうか……」

 絶句した。何でみんなバラバラで突入して来るのか。やはり自分達に足りないものは、協調性とチームワークである。