第7話

01.チェスターの提案


 たっぷり2日間掛けて帝国内部にあるシルフィア村に戻って来た。目の前には変わらない長閑な村の風景が広がっているが、ただ一つ。圧倒的な違和感が寝そべっていた。

「何だか、兵士が随分とうろついてるな」

 その姿を認めたジャックは素直に眉根を寄せた。それはただの村を警備するにあたって必要な兵士の数の、軽く数倍。とにかく所構わず制服を着た帝国兵が闊歩している。長閑な村の風景から掛け離れ過ぎていて、いまいち状況が上手く呑み込めない。

「大佐格が軒並み落ちてしまったので代わりに兵士を置いて、研究施設の警備に当たっているのでしょう。大変そうですね」
「あんたのせいだろうが」

 まるで他人事のように呟くイアンへと半眼を向ける。ジャックの視線を受けた彼女は、真意の読めない薄い笑みを返すのみだった。

 ふん、とチェスターが鼻を鳴らす。

「それで、どうする? 避けて通るか、構わず突っ切るか……。どちらでも構わんよ」
「お前、意外と武闘派なんだな」
「これだけ役者が揃っておいて、コソコソ迂回する必要もあるまいよ」

 呆れた顔の吸血鬼はブルーノとイアンを顎で指した。はは、とブルーノが笑う。黒々としたサングラスと相俟って相当恐ろしい凶悪な笑みだったが、日常風景なので誰も何も突っ込まなかった。
 何事か考えるように黙っていたイアンがとうとう口を開く。

「兵士を躱す事そのものは簡単でしょう。しかし、施設内部に置かれている警備兵との戦闘は避けられませんね。指導者がいないようなので、物量戦になる可能性があります」
「イアン、まさか面倒臭がってるのか?」
「ええ、まあ。研究施設を破壊するのであれば、キメラでも放つのですがね。餌代も浮いて、一石二鳥と言うものです」

 イアンのあまりにも恐ろしい発言。最早聞き慣れてきたそのお言葉に反応したのは、新入りチェスターだった。うわ、とあからさまに引いた顔をする。常人の反応であるはずのそれは、吸血鬼などと言う常識を逸脱した存在がするのには似つかわしくない反応だろう。

「おい、あまり大きな声で言うな。物騒な奴め……帝国にいた頃からこうであったか?」
「ええ。そうですね。我々は同じ戦線にいる事がまずあり得ないので、知らなかったのでしょうが」
「私の話など、どうでも良いのです。ジャック、貴方の用事は研究施設が機能していなければ達成できないのですよね?」

 危うく手違いで目的達成できないのは困る。ので、慌ててジャックはその言葉に同意の意を示した。

「ああ。俺はメンテナンスを受けたい。研究施設が跡形も無く吹き飛んでる、なんて事になったら来た意味が無いだろ」

 いやちょっと待ってくれ、とリカルデが何故か少し困惑したように口を挟んだ。

「ブルーノ、貴方の目的は何だっただろうか?」
「んあ? 俺は……あー、成程な。俺の目的はラストリゾート・レプリカの生産ラインを止める事だ」

 チェスターが舌打ちして顔をしかめる。彼はつい先日、成り行きで仲間入りしたと言うのに態度が大きすぎやしないだろうか。神経は意外と図太いようだ。

「おい、お前達の目的は正反対だぞ。同時進行は出来ないと見ていい」
「作戦を考える必要がある。というか、先にジャックの目的を完遂しなければならない」

 念を押すかのように、リカルデがパーティメンバーへと言い聞かせた。まさに、急に乗り込んで暴れたりするなよ、と言わんばかりの真剣な声音だ。
 うーん、とあまり悩んでいなさそうな唸り声を上げるイアン。

「作戦を練る必要がありますね。事故が起きないよう」
「ようは127号――失礼、奴のメンテナンスとやらが終わった後は、どうなってもいいのだろう?」

 何か考えがあるのだろうか。チェスターが確認するかのように問い掛けてくる。その問いに対し、用心しながらもジャックは「ああ」と首を縦に振った。

「では、私がホムンクルス127号を捕らえた事にし、そのまま施設へ入れば良い。情報の伝達が上手く行っていなければ急に兵士が襲い掛かって来るような事にはならんだろうよ」
「そりゃ妙案だが、チェスターよ。お前の裏切りがまだ伝わってない可能性ってどのくらいなんだ?」
「4割くらいだな」
「ひっくいな……」

 博打を打つような吸血鬼の発言にブルーノが顔をしかめる。思っていた以上に低い数値だったのだろう。

「ま、駄目そうなら合図してくれりゃ、乗り込むぜ。見捨てはしない。リカルデ、帝国の警備事情とか知らないのか?」
「ああ、こういう頭が居ない時の重要警備についてなら、過去に学習した」

 元・騎士兵、リカルデによるとこうだ。
 曰く、護衛長という騎士兵が一人または数名居て、その人物が統制を執っている。甲冑を着ている警備員は騎士兵なのでそこそこやり手だが、それ以外の研究員や一般の兵士はリカルデでも簡単に相手が出来る程度の実力。
 また、入り口は堅牢だが中に入ってしまえばそうでもないとの事だ。つまり、チェスターに伴われて中へ入ってしまえば、逆に手薄という事になる。

「――これが上手く行くとは思えませんが、他に方法も考えつきませんね。行ってみるだけ、行ってみてはどうでしょうか」

 一連の作戦を聞いたイアンの反応は実に堅実なものだった。今回はあまり、感情の昂ぶりを感じていないらしい。まともな会話が出来ているのが、その証拠だ。

「では行こうか127号」
「あんたな、ちょこちょこそうやって俺の事を呼ぶが、俺は――ジャック、だ!」
「間抜け。今から施設内部へ入ると言うのに、芝居を打つ気も無いのか」

 ――ちょっとだけ尤もな言葉だと思ってしまった。