第7話

03.リカルデの後輩


 ブルーノからのお願い、「リカルデを待つ」。律儀にその頼みを遂行しようとしていたジャックの肩に軽い感じでチェスターの手が乗せられる。

「おい、我々はさっさと離脱するぞ」
「は? 話を聞いていなかったのか? リカルデが来る、つってるだろ」
「足の遅い人間なぞ、知った事か。野蛮な連中になど付き合っていられんな。行くぞ」
「いや、ちょっ――」

 ズルズルと引き摺られるようにしてその場から強制退去させられる。離脱するにしても、お守りはやります、というスタンスが逆に不自然だ。
 溜息まで吐いてみせた吸血鬼は憎々しげに頭上の太陽を見上げている。本人曰く、日光が苦手な訳ではないらしい。らしいが、青白い肌には大敵だし決して強い訳ではない事を物語っている。

「あんた、そんなに光が嫌いなら日傘でも差したらどうだ」

 多少の皮肉を織り交ぜてそう言えば、ちら、とこちらを見た薄氷の瞳が細められる。見当違いの発言をした若者を睥睨する、年長者のようにだ。

「何を馬鹿な。そんな物を持ち歩いていれば邪魔だろう。夜を好むので、日の光が目に刺さるだけだ」

 ――大丈夫かよこれ……。
 イマイチ会話の弾まないチェスターを前にして、ぐったりと溜息を吐く。コミュニケーションを取るのが難しい。

 なお、この後本当に彼はイアン達の手助けには行かなかった。協調性の無さはこのパーティにとってかなり相応しいのかもしれない。

 ***

「大した事ありませんでしたね」

 誰かが伸した警備兵を蹴り転がしたイアンは、若干退屈そうに言って周囲を見回した。施設内部に居る人間がこれだけのはずは無いが、周囲に人の気配は無い。この辺りの粛正は終わってしまったようだ。
 統制者である役職持ちが居ないからだろう。あまりにもあっさりとし過ぎている。

 ――ジャック達はどこへ?
 ふと、先程まで出入り口付近でまごついていた彼の姿が見えない事に気付いた。見渡す限り、やはり存在が確認出来ないので近場に居たリカルデへと声を掛ける。

「リカルデさん、ジャック達はどこへ行きましたか?」
「え? 私は見掛けていないが……」
「うん? 貴方を待っていたのでは?」

 きょとんとしたリカルデに心当たりは無さそうだ。首を傾げていると、ブルーノが口を挟む。

「俺はリカルデが来るまで待ってろ、つったけどな」
「……まあ、チェスター殿は身体を動かすのがお嫌いですから。どこかへ姿を眩ませたのでしょう」

 そう結論付けたイアンの耳は次の瞬間、人の足音を拾った。ただしそれは、ジャックのものでもチェスターのものでもないだろう。この独特の足音は、男性の騎士兵が好んで履く――鉄製ブーツの足音だ。
 やっと骨のありそうな敵が出て来た。イアンは薄くその唇に笑みを浮かべる。

 不穏な気配に気付いたのか、顔を引き攣らせたリカルデが何事か言葉を紡ごうと口を開いた――

「リカルデ・レッチェ!!」

 のだが、突如響いた怒号にも似た言葉に、彼女は口を噤んだ。よく表情の変わるリカルデは分かり易く驚きの表情を浮かべ、現れた人物を凝視している。
 一方で、イアンはその興味を急速に失っていた。端的に言えば、自分に向けられる殺意ではなかったし、どう見たって彼は強敵にはなり得ない人物だったからだ。

 半ば冷めた目でリカルデの反応を待つ。驚きから苦々しい顔へと表情を変化させた騎士の彼女は苦虫を噛み潰したように呟く。

「アルバン……」

 全く聞いた事の無い名前だ。何だか面倒な人間が出て来たな、そう思いつつイアンは訊ねる。

「リカルデさん、彼は?」
「あ、ああ。帝国に居た頃の後輩で……そうか。君がここの管理を臨時で任されていたんだな」
「それは良いのですが、彼、特に施設を護るつもりは無いようですね」
「ううん、熱くなるのは止めろと、再三注意したはずなのに」
「癖とは矯正出来ないものです。仕方ないでしょう」

 今にも噛み付かんばかりの狂犬。そんな様子のアルバンを見たイアンはその視線を逸らした。自分には関係の無い話らしい。