第6話

12.召喚師と接近戦


 ***

 リカルデはイアンに借りた召喚獣と共闘しつつ、ゲーアハルトが召喚した召喚獣の処理を行っていた。行っていたのだが――

「……ぐっ、ここに人間一人混ざる事に、意味があるのか?」

 危うくイアンのキメラに踏み潰されそうになったのを、寸でで躱す。死ぬ所だった。キメラに悪気は無く、強いて言うのであれば相手のキメラのパンチを横っ跳びに躱しただけである。
 嫌な汗が頬を伝う。戦力は五分ではなく、ゲーアハルトの召喚獣が1体多い。キメラ2体、レイス1体の合計3体だからだ。

 ――術者を捜そう。
 元を絶つべきだと判断し、どこかにゲーアハルトが居るはずだと建物の中を確認する。しかし、死角にでも潜んでいるのかその姿を認める事は出来なかった。

「リカルデ!」

 低い声――ブルーノがふらりと姿を現した。イアンの召喚獣援護があるまでは共闘していたが、その後チェスターの相手をする為に離脱したはずだ。

「ブルーノ、チェスター殿はどうした!?」
「あ、いや。苦戦しているようだったから、いっそ闇鍋状態でやればいいんじゃねぇかと思って」

 連れてきた、という続いた言葉に絶句する。正直、チェスター相手に自分の剣技が通じるとは到底思えない。彼を連れて来たからと言って、状況は好転しないだろう。これならば、イアンがどうにかバルバラを叩き、援護に来てくれる方がまだ望みがある。
 2対1程度で苦戦する御仁でも無いだろうから、ジャックだけでも貸してくれないだろうか。そんな気持ちは魔道士殿には届かない。

「ど、どうするつもりなんだ!? 正直、手数の分も悪ければ、戦力の分も悪いぞ!?」
「おう、リカルデ。召喚者はあの建物の裏だ。まさか召喚師にタイマンで負けたりしねぇだろ? 先に行って、叩いて来いよ」
「だが、その間に貴方はあれらの相手を一手に引き受けるのか?」
「おう、任せな!」

 頼もしくそう言ったブルーノはいつの間にかその手にナックルのような物を嵌めていた。夕日を受けて鈍く輝くそれは、イアン達が言っていた《ラストリゾート》に相違ないだろう。
 ――何だか大丈夫そうだ。
 そう判断したリカルデは、先程ブルーノに教えて貰ったゲーアハルトの居場所へ向けて駆け出す。チェスターが妨害してくる可能性を考えたが、彼は興味の無さそうな顔であっさりと見送った。

 角を曲がり、建物の裏側へと躍り出る。果たして、ゲーアハルトの姿はすぐに見つかった。こちらを見てぎょっと目を見開いている。

「見つけたぞ!」
「ぐっ……。もっと分かり辛い場所に隠れルべきでしたネ……」

 分かり辛いとか以前に戦い方がせこい。そう思いはしたが、腐っても元上司なので触れないでおいた。
 引き攣った顔をしたゲーアハルトが指笛を吹く。背後で巨大な足音が聞こえた。召喚獣を呼び戻したのか。とにかく、術者を倒せば召喚獣は元の場所に強制送還される。自分に出来る事は多対一を強いられているブルーノの為にさっさとゲーアハルトを始末する事だ。

 刺突するように構えたリカルデは、一応護身の構えを取ったゲーアハルトへとしなやかに腕を突き出した。

「ヒエッ……!?」

 上がった情けない悲鳴は元上司のものだったがしかし、悲鳴の理由は怪我したとか、そういう単純な理由ではなかったのだろう。
 パッと薄く散った鮮血。それはゲーアハルトのものではなかった。黒くて高そうなコートを傷付け、その下の皮膚を斬り裂く。何でも無かったかのように済ました顔をした――チェスターは負傷した腕を血払いするように振るった。
 跳ねた赤黒い血液がシルベリアの石畳に赤い痕を残す。

「すす、す、スイマセン……!!」
「愚図め。術者の癖に適当な場所に陣取るな」

 労るように自らの腕を撫でたチェスターの病的なまでに白い腕には、もう傷など欠片も見当たらなかった。夜でなくとも、吸血鬼は吸血鬼。伝承種に他ならないという事か。

「おー、悪いリカルデ! 逃がしてた!」

 慌てた様子も無く、ブルーノがトコトコと姿を現す。我に返ったリカルデは、慌てて吸血鬼から距離を取った。
 どしんどしん、と重々しい召喚獣の足音が聞こえる。
 ブルーノに着いて来たであろうそれに対し、彼は振り向き様に拳を振るった。角から頭を除かせたキメラの頭部がスイカのように粉砕する。

「ゲーアハルト、今ので貴様の召喚獣は最後だぞ」
「エッ」
「次だ、さっさとしろ。死にたいのか」

 苛々とチェスターは後少しで沈む太陽を睨み付けている。あとどのくらい、あの太陽は山陰から顔を覗かせているのだろうか。

「リカルデ! ゲーアハルト!」
「あ、ああ! 了解!」

 言うや否や、ブルーノは苛立っているチェスターへと殴り掛かった。まだ夜ではない。舌打ちした吸血鬼は《旧き者》の一撃を大仰に躱す。
 実際、チェスターには同情するばかりだ。バルバラは情緒不安定だし、ゲーアハルトの召喚獣はブルーノの的でしかない。もう1体召喚したところで、結果は見えているだろう。吸血鬼はフォローで手一杯だ。

 その均衡を崩すべく、フリーになったリカルデは召喚師に肉薄する。ぶつぶつと召喚術を唱えていたゲーアハルトの顔が再び引き攣った。
 魔法を紡ぐ手は止めず、視線だけで助けを求めているが、チェスターはブルーノの相手に必死だ。

 そんな元上司にリカルデは買ったばかりの騎士剣を振り下ろした。肩口から袈裟懸けに斬り裂く。背後でチェスターの盛大な舌打ちと、よくやった、というブルーノの声が同時に聞こえた。