第6話

08.大集合


 街の中は不気味なくらいに静まり返っていた。イアンとリカルデが揃って眉根を寄せるのが分かる。

「どうかしたのか……?」

 ジャックが恐る恐る両者へそう訊ねると彼女等は目を見合わせた。そのアイコンタクトで何が判明したのだろうか。一つ頷いたリカルデが蕩々と説明を始める。

「港も兵士で溢れ返って居たのに、何故か街の中に誰も居ないな。私達は……何か、とんでもない思い違いをしているのかもしれないな」
「と、言うと?」
「例えば――私達の乗った船は、偶然、帝国兵に囲まれた訳では無い、とか」

 それはつまり、自分達があの船に乗っていると知られていたから、港ごと占拠して到着を待っていたとでも言うつもりなのだろうか。それこそあり得ない。

 思考を読まれていたのだろうか、イアンがジャックの考えを否定するように首を振った。

「あり得ない、なんて事は無いでしょうね。何せ、帝国ですから」
「今言うことじゃないんだろうが、何も居ない場所から声が聞こえてきて不気味だ」
「あまり顔を上げないで下さいよ、ジャック。貴方の顔は多くの人間に割れている可能性があります」
「そ、そうなのか……!?」

 完全に変装したと思い込んでいただけに、イアンの一言は地味にショックだった。安心しきっていたところに冷や水を掛けられたようなものだ。

 なあ、と何故か真上を見上げていたブルーノがぽつりと呟く。彼は彼で帝国の制服がまるで似合っていなかった。何だかハチハチだし。入りきれない筋肉が、制服の下で自己主張しているかのようだ。

「――俺達はもう見つかってるみたいだが」
「えっ!?」

 驚きの声がリカルデと被った。イアンが盛大に溜息を吐く。ただし、そこには嬉々とした色が混ざってはいたが。
 ブルーノの視線を辿って誰に見つかっているのかを確認する。そして、心中で呟いた。
 ――最悪だ……。

「アイツ、イアンを目の敵にしてるバルバラだな」
「目を着けられてんのは自業自得ってやつだろ。同上の余地もねぇしな。俺はそれより、あと数時間で日が暮れるってのに、吸血鬼が脇に控えてんのが気になって仕方ないが」
「えっ……」

 どうなっているのだろうか。屋根に陣取っているバルバラ、正面からは吸血鬼・チェスターがふらりと姿を現した。そして、気のせいならそれに越した事は無いが――地を踏みしめる、巨大生物の足音まで聞こえてくるようだ。

「こ、これは……偶然、か?」
「偶然では無いだろうね」

 リカルデが盛大に舌打ちしている。すでに透化ローブは無駄だと悟ったのか、イアンはそれを脱ぐと素早く畳んで烏のローブに収納した。そのタイミングでチェスターが薄く微笑む。

「待っていたぞ」
「大層なお出迎えですね。まさか、私達の為にこんな素敵な舞台を用意して下さったのですか? チェスターさん」
「――ああ、勿論。他の誰の為でもない、お前達の為に場を整えた。喜んではくれないか? シルベリア港を落とすのはなかなかに骨だったぞ」
「……へぇ、実に興味深いお話ですね」
「興味深いも何もあるものか」

 どうも、やはり自分達が乗り込んだ船の行き先を知っており、先回りされていたようだった。正気とは思えないが、特に必要な訳でもなく他国を侵略しまくっている軍事国家という時点で正気では無かったのかもしれない。

「可笑しいですね。我々は当初、ヴァレンディア魔道国に居ました。どこから情報が漏洩したのか……。もしかして、大陸におけるシルベリアはすでに独り相撲状態なのですか?」
「そうとも言えないな。ただ――ヴァレンディアの一部と、帝国には繋がりがあると言う訳だ」

 だからと言って港だけを落とすという謎の手腕。動きが謎過ぎて、シルベリア王都でさえすぐには動けなかったらしい。救援には4時間掛かる。
 しかし、ここでリカルデが難色を示した。

「この港はシルベリアの内部ですよ、チェスター殿。ここだけを落としたところで、すぐに取り返されるのが関の山。……リターンはありませんが。まさか、愉快犯? ただの悪ふざけなのでしょうか」
「誰だったかな、貴様は。リターンならばあるだろう。元顧問魔道士殿の首と、127号だ」

 話は終わりだ、そうチェスターが言った瞬間、のっそりとキメラが1体、レイスが1体顔を覗かせた。薄暗くなってきた空にゆらゆらと漂う幽鬼は端的に言って不気味だ。
 さらにバルバラが地面に下りて来る。その傍らには親衛隊の一員であるクラーラが控えていた。召喚獣が堂々と闊歩しているあたり、ゲーアハルトもどこかに居るのだろう。何事かを考えるように、イアンは周囲へ視線を巡らせている。