09.役割分担の偏り
「私は127号を確保致します。バルバラ様、くれぐれも無茶はしませぬよう……」
「分かっているわ」
そうこうしている内に、バルバラとその部下であるクラーラが動き出した。いつぞやの港を思い出す組み合わせだが、あの時と全く同じようにクラーラその人はジャックへと視線を合わせた。
バルバラと会話していた時からは想像も出来ない冷え切った双眸。それに多少の居心地の悪さを覚えながらも、ジャックはタガーを構える。ついでに、持っている銃に弾が残っている事も確認した。とはいえ、こんなに開けた場所で小さな的に銃弾を命中させる事が出来るかどうかは別の話だが。
「おい、イアン……」
変な事をやらかしておく前にトラブルメーカー魔道士に釘を刺しておこうかと思ったが、明らかにバルバラとチェスターからマークされている彼女を目撃して口を噤んだ。ヘイトを集め過ぎているのでは。
しかし、相手の戦力が集中しているからか、珍しい事にブルーノが補助体勢に入っている。彼女等が共闘しているのはかなりレアケースだろう。
一方で、リカルデは困惑した様子で2体の召喚獣と対面していた。あれは助けに入らないと危険だ。
――手数が足りない。特に自分とリカルデは1対1を強いられるのが厳しい。であるのに、相手の手数が多くて助けを望めない事態だ。
「――どこを見ているのですか。この間のような失態は二度と犯しません、お覚悟を」
付与魔法を発動させながら、クラーラが淡々とそう言った。意識が引き戻され、強制的に侍女との対峙を余儀なくされる。
「今、お前の相手をしてる場合じゃないんだがな……」
「どの口がそのような事を。そもそも、貴方が逃げ出したりしなければわたくし達はこのような面倒事を被る事も無かったと言うのに」
「ま、それはそうだけど」
――とにかく、目の前のコイツをどうにかしよう。
ちら、と現状一番危険そうなリカルデを見てそう決意を固める。大丈夫だ、この間はそこそこ戦えたはず。気を抜かなければ負けたりはしないはずだ、きっと。
軽やかに地を蹴って肉薄してくるクラーラを視界に捉える。直線的な動きを、真横に回避し、銃口を向けた。素早く引き金を引く。
「下手なのですね、照準を合わせるのが」
「う、うるさい!」
全然、本当に全く掠りもしなかった。個性、と言って良いのかは分からないがどちらかと言うと得物を振り回して戦う方が得意だ。しかもここは上下左右、どこへでも銃弾を回避する為のスペースがある。
片手が塞がるデメリットと、飛び道具を使えるメリットが釣り合っていない。どころか、デメリットに傾いている。そう判断したジャックは持っていた銃をホルスターにしまった。今回も、飛び道具の出番は無さそうである。
再び突っ込んで来たクラーラを回避。その瞬間にタガーを振り下ろす。僅かに手応えがあったような気もするが、ただ引っ掻いただけだろう。
きゅっ、と180度向きを変えたクラーラが殴り掛かってくる。まるで猪のようだが、意思を持った人間だ。気を抜けば隙を突かれ、すぐに地面へと転がされる事だろう。
「ジャーック! 横に跳べ、横に!!」
「……!?」
ブルーノの声が聞こえ、何と指示を出しているのか理解した瞬間、ほとんど反射的に身体が動いた。先程まで自分が立っていた場所に人をすっぽり包めるくらいの火球が飛来、爆ぜて地面を焼き焦がした。
どっと冷や汗が背筋を伝う。今の、もし当たっていたら――
「ごほっ、ごほっ――」
と思ったら、直撃こそはしなかったようだが盛大に噎せ返りながら、クラーラその人が爆煙の中から姿を現す。煙を吸い込んでしまったらしく、顔色があまりよく無い。一体、何故今、こちらへ魔法が飛んで来たのか。
「無事でしたか?」
「あんたか! 無事でしたか、じゃない! 危うく味方の攻撃で死ぬところだっただろ!!」
「生きているので問題ありませんね」
――イアンだった。
片手間にこちらの手伝いをしてくれているらしい。いいから、そっちを早くどうにかしてリカルデを手助けしてやって欲しい。
どうやら、イアンの方は吸血鬼がまだポンコツらしく、苦戦している様子はまるで無かった。どころか、謎の余裕すら伺える。化け物人間と《旧き者》の共同戦線側は盤石なようだ。
「イアン・ベネット……!!」
地を這うような低音にギョッとしてそちらを見れば、恐ろしい形相をしたクラーラが魔道士を睨み付けていた。その視線たるや、人を殺せそうなくらいには鋭い。戦っていない相手のヘイトも溜めてしまう、流石はイアン。
侍女はもう一度イアンを――否、バルバラの様子を伺い、そしてこちらを向き直った。先程より少しばかり余裕が無くなっているだろうか。言い知れない焦燥感のようなものを感じる。
「事情が変わりました……127号、投降しないのであれば、死ぬ覚悟をしてください……」
「……アンタ等の目的は、俺を捕まえる事じゃなかったか?」
「わたくしの目的は、バルバラ様を生存させる事ですので。貴方のような人工物、下賤な存在には理解出来ないのでしょうが」
付与術式を更に重ねているクラーラに近付くのは危険。そう判断し、ホルスターから銃を素早く抜いた。止まっている今なら、当てられるかもしれない。