第6話

07.懐かしの制服


 船内を探索している内に、操縦室へ辿り着いた。船長は帝国兵に連行されてしまったので、今は無人だ。ただし、答える者が居なくなった無線に、ひっきりなしに声が響いている。

『もしもし! もしもし、おい、誰か居ないのか!?』

 一瞬の間。使命感に駆られたのか、まだ騎士兵をやっていた頃に扱った事があるからか。リカルデが無線の問いに応じる。

「すまない、私は乗客だ。そちらの船長殿だが、帝国兵に連行されて行ったぞ。どうなっている?」
『乗客? い、いやそれが……ノースフォーの港が帝国に占拠されている。その港には寄るな、という連絡だった。手遅れだったみたいだな……』
「成る程。何故、急に港が占拠された?」
『分からない。急に帝国兵がどこからか湧いて来たらしいが。とにかく、軍が到着するまで4時間は掛かる。もし船内へ兵士が入って来るようであれば、無駄な抵抗はせず言う通りにするんだ』
「承知した」

 何食わぬ顔で頷いてみせたリカルデはそのままお行儀良く無線を切った。明らかに一般人の行動では無いが、連絡して来た側もパニック状態だからか気にしていないようだ。
 単純に考えて、とイアンが悩ましげで愉しげな溜息を吐き出す。

「帝国が占拠した土地に、私達が飛び込んだようですね。飛んで火にいる夏の何とやら、というやつです」
「それが自然だろうな。どうする、イアン殿。4時間すれば軍の救援が来るそうだが」
「冗談ではありませんね。それに、焦臭い事も多々あります。間違い無く大佐格が軍を率いているのでしょうし、日が暮れる前までに有力な情報が欲しいところです」

 現在は午後5時。日が落ちるまで、と仮定すればあと2時間もすれば月が顔を覗かせる事だろう。
 イアンの意見に対し、ブルーノが肩を竦めて深々と頷いた。

「そうだな。例の吸血鬼と夜に交戦するのは避けてぇわ。『真夜中の館』では他に誰も居なかったからアレで良かった訳で、状況が変われば不利には違いねぇしな」
「そうか。具体的にはどこから情報を収拾するんだ? 船に乗ってる連中は、何も知らないだろ?」
「簡単な事です。兵士が闊歩するので外へ出られない、元からの住人の家へ押し入り、何があったのか聞けばいい。それだけですよ」
「おおう、乱暴だな……」

 どこから取り出したのか、イアンはつるりとした透明のローブを肩から羽織った。

「それ、何だよ」
「透化ローブです。私の顔は一般兵にも知られていますので、このまま行動するのは面倒かと。貴方方は外に出て、手近な兵士から制服でも剥ぎ取れば良いのではありませんか?」
「まあ、それもそうか。最近、あんたの物騒な発言に何も感じなくなってる自分が恐いぜ」
「人生とは慣れですよ、慣れ」

 クスクスと笑ったイアンが視界から徐々に消えていく。その場から去ったのではなく、急に視界から溶けて崩れていくようにだ。透化ローブというアイテムもまた、変わった類のマジック・アイテムなのだろう。

 ***

 イアンが召喚獣を2体大暴れさせたせいで、船周囲に居た帝国兵は撤退してしまっていた。その場には彼女の喚び出した合成獣がそのまま鎮座していたので、術者から一定範囲以上は離れられないらしい。
 悪いとは思いつつも、血を流し倒れ伏した兵士から制服を拝借する。べったりと血液が付着していて、不衛生に思えたが文句を言っている場合では無い。
 どこに居るのかもよく分からないイアンが、笑う。

「皆さん、酷い有様ですね?」
「どうだろうか、イアン殿。私も兵士の制服は久しぶりに着るが」
「……はあ、良いんじゃないですか?」

 全く血汚れなど気にしないリカルデは心なしか少しだけ楽しそうだ。彼女は古き良き時代の帝国を愛しているので、兵士時代を思い出しては懐かしい気分になっているのだろう。

「よし、早く行こうぜ。こうしてても始まらないしな」
「ジャック、お前あれだな。制服が全然似合わないな」
「いや、あんたもとても凡庸制服着てるタイプじゃないだろ! 鏡を見ろ!」

 リカルデに騒ぎ過ぎだと注意された。何となく性格も帝国時代寄りに戻っている気がする。